未来を担う20代の先生たちと一緒に頑張りたい 〜仕事を面白がれる好循環を〜
20代の終わりが見えてきた私自身、教員としてまだまだ未熟であり、これからもっともっと精進していかなければならない身です。今回、このように文章を書く機会をいただいた時、「一体何が綴れるだろうか」と正直とても悩みました。けれど、そんな自分だからこそ、今まさに現場で踏ん張っている、自分よりもさらに若い20代の先生方に伝えたい想いがある。そう気づいたからこそ、私はこのテーマでペンをとりました。20代から20代への拙いエールです。
❚ 20代の先生方へ「教員になった理由」は何ですか?
今、日々の多忙さに追われながらも、教室で子どもたちと真っ直ぐに向き合っている20代の先生方、そして現場に出たばかりの初任者の先生方。私は、同じ現場を歩む一人の仲間として、日々子どもたちのために力を尽くされている皆さんの存在を、本当に心強く思っています。 そんな皆さんと、今回はあえて、胸の奥にある原点を一緒に振り返りたくて、問いかけたいことがあります。
「あなたが、この教員という仕事を目指した理由は何ですか?」
子どもたち一人ひとりに寄り添いたい、学ぶことの本当の楽しさを伝えたい、あるいは自分がかつて出会った温かい恩師のような教室を作ってみたい――。きっと、一人ひとりの胸の中に、純粋な物語や志があったはずです。 私自身、小学6年生の頃の担任の先生への憧れが、教壇に立つ今の私の非常に大切なベースになっています。今でも小学生の頃の友人と会うと、「あのクラスはすごすぎて、一体何だったのだろう」と必ず話題にあがります。あんなクラスを自分も作ってみたい、何がどうすごかったのかを自分で探したい、その一心でこの世界に飛び込みました。
❚ 理想と現実のギャップ
しかし、いざ現場に出てみると、その純粋な志が、現実という高く厚い壁に阻まれることになってしまっている方も少なくはないのではないでしょうか。 事務作業や校務分掌、そして何より、目の前に次々と降りかかる業務をただ必死に打ち返すだけで一日が終わってしまう忙しさ。授業準備に十分な時間を割けないまま明日を迎えてしまい、子どもたちの小さな変化に気づく心のゆとりすら、失ってしまうこともあるかもしれません。
「せっかく先生になったのに―。」ということを私も過去思っていました。しかし今はこの仕事の楽しい面にも触れて、自分が教員を志した原点に立ち返ることができるようになりました。決してうまくやれている余裕など、私にもありません。今でも毎日のように自分の力不足に悩み、理想と現実のギャップにもどかしさを感じています。だからこそ、その厳しい環境の中で、毎日知恵を絞り、子どもたちの前に立ち続けている皆さんの姿に、私はいつも刺激をもらっているのです。
❚ 20代の先生方が持つ「圧倒的な価値」と、離職のリアル
私は皆さんに、これからの未来を担う20代の先生方は、今の学校現場において間違いなく「大切な存在」なのだと伝えたいです。 最新のデジタルツールを柔軟に使いこなすセンスや、子どもたちに最も近い目線で寄り添える若さはもちろんですが、皆さんが持つ最大の価値はそこだけではありません。
何より、「これまでの当たり前」に囚われることなく、「この前例踏襲のルールは、本当に子どもたちのためになっているのだろうか」と、真っ直ぐに疑問を持てる瑞々しい違和感の感性。それこそが、これからの学校現場を内側から変えていくために、絶対に必要なパワーだと思うのです。皆さん方が子どもたちに見せる笑顔や、真摯に言葉を掛けようとする姿勢そのものが、すでに学校にとっての大きな財産です。それなのに、本当に残念なことに、教職の本当の楽しさや面白さに触れる前に、日々の忙しさとプレッシャーに摩耗して、現場を離れていってしまう若い仲間があまりにも多いのが、今の教育界の悲しい現実です。
❚ だからこそ、自分の心を守ってほしい
文部科学省の調査を見てみても、日々の業務に追われる中でメンタルの不調を経験している20代が増えているという現状があります。そんな状況下でも、日々教室を守り、子どもたちを教育している皆さんの奮闘は、決して当たり前のことではありません。だからこそ、自分の心を守りながら歩みを進めるための「生存戦略」を一緒に考えていきたいと思います。もともと大きな志を持って仲間になった人に辞めていってほしくないのです。
❚ 学校の「外の世界」と繋がり、仕事を面白がる好循環へ
では、この過酷な環境の中で、どうやって自分の心を守り、教員という仕事を続けていけばいいのでしょうか。その鍵は、小さくてもいいから「仕事の主導権」を自分の手に取り戻すことにあるのではないかと思います。
教員という仕事は、「自分で学び、他の先生から良い影響を受け、自分のしたいことが出てきて、その実践がさらに次の学びにつながる」という、面白がる好循環を一度でも生み出せたとき、一気に目の前の世界が変わり、面白くなっていくものだと思います。
そのきっかけを掴むために、ほんの少しだけで構いません、学校の「外の世界」へ目を向けてみてほしいのです。 私自身、授業用の教材を少しでも分かりやすくしたい、校務を少しでも効率化して自分の負担を減らしたいという一心から、手探りで小さな工夫を始めました。本当に、目の前の苦しさを少しでも解消するための、ささやかな足掻きに過ぎませんでした。しかし、その拙い実践をたまたま見てもらう機会があり、そこから本当に運良く、学校の外にある学びのコミュニティで、たくさんの素敵な先生方と繋がる機会をいただくことになったのです。
❚ 最初の一歩は、外の学びに触れること
外の世界と繋がると言っても、何か特別な実績や才能が必要なわけではありません。まずは、さまざまな勉強会に1度参加してみてください。いろいろな情報や実践、そしてそれを発信する情熱のある人との出会いが大切なのだと思います。そうしてたくさんの人やものに触れる中で、自分が心から共感できたり、「これなら自分に合うな」と思えたりするものを選び取り、まずはそのまま真似してみる。そんな小さなインプットとアウトプットの繰り返しが、自分の視野を少しずつ広げてくれます。
❚ “外”で学ぶからこそ、“学校”を大切にできる
もちろん、世の中のあらゆる選択と同じように、外での活動を増やすことにもメリットとデメリットの両方があります。時間や体力のやりくりは難しくなりますし、何を選んでも一長一短はあるものです。 ただ、外というプラスの場で学ばせていただくようになってから、私の中に「外で新しい知見に触れているからこそ、自分のベースである校内の仕事を、今まで以上にしっかりと、誠実に取り組まなければならない」という、心地よい身の引き締まる思いが生まれました。外の知見を独りよがりに振りかざすのではなく、目の前の子どもたちや、いつも支えてくれる校内の先生方への配慮を忘れない。その意識を持つこと自体が、一長一短を乗り越えて、自分の仕事をより深く面白がり、地に足のついた信頼関係を築くための、大きなメリットだと実感しています。
学校の外に繋がりの軸を一つ持っておくだけで、現場の悩みを一歩引いて客観視できるようになり、心に大きなしなやかな盾を持つことができるのではないでしょうか。一人で完璧な教師を目指して抱え込む必要はありません。尊敬できる身近な先輩を頼り、同期と弱音を吐き合い、そしていろいろな勉強会などから持ち帰った知見を少しだけ教室に持ち込んでみる。その小さな循環こそが、教壇で息をしやすくするための、そして子どもたちと笑顔で向き合い続けるための大切な生存戦略になるのだと思います。
❚ おわりに:明日も仲間と教壇に立つ
日々子どもたちと真っ直ぐに向き合い、その未来を育んでいる20代の先生方の姿を、私は教員の同志として心から尊敬します。教員としての日々はこれからも続きますが、私も皆さんも決して一人ではありません。アドバイスを上から送る先輩としてではなく、同じ現場を歩む一人の同僚として、この仕事を少しずつ面白がっていく方法を、あなたと一緒に探していきたいと思っています。
未来の教育を担う20代の先生たちと一緒に頑張りたい。自分たちを常に導いてくださる経験豊富な先輩方、歳の近い同期などの仲間へのリスペクトを持ちながら、明日も一緒に教壇に立ちましょう。
参考)文部科学省 令和6年度「公立学校教員のメンタルヘルス対策に関する調査研究事業」成果報告書