板書のビフォーアフターで解像度が上がる。〜子どもたちの「思考の足あと」の残し方〜
春から持ち上がりで担当している6年生の教室。子どもたちがああでもない、こうでもないと意見を交わし、楽しそうに学んでいる姿を見ていると、ふと自分の若手時代を思い出すことがあります。
教員としてのキャリアを重ね、さまざまな教育実践や授業づくりに関わらせていただくようになった今でも、私の根っこにあるのは、初任の頃から続けてきた「マイルール」です。今回は、その中で一番しんどかったけれど、間違いなく今の私を支えてくれている「板書の記録」についてお話ししたいと思います。
❚ 理想と現実のギャップ、そして溜まっていく写真
初任のころ、先輩の先生から「子どもと同じノートに板書計画を作るといいよ」と教えていただきました。その言葉を素直に受け取り、毎時間、全教科の板書を写真に撮り、印刷してノートに貼るというルールを自分に課しました。
しかし、現実はそう甘くありません。事前にノートに書いた「理想の板書計画」通りに授業が進むことはなく、実際の黒板は予定外の方向に進んでぐちゃぐちゃになることもしばしば。おまけに日々の業務は忙しく、毎時間撮った写真を印刷して、切って、ノートに貼るという作業は、想像以上にしんどいものでした。
気がつけば写真のデータばかりが溜まり、「今日はもういいや」と投げ出したくなることもありました。小学校は毎年違う学年を担当することも多いので、「苦労して記録を残しても、来年は違う学年だったら意味がないのでは?」と、自分のやっていることに疑問を感じることもありました。
それでも、なんとか意地で写真を貼り続けていくと、1教科で6〜7冊、年間で20冊近くの分厚いノートができあがりました。そのずっしりとした重みを見たとき、「意味があるかないかはわからないけれど、自分はこれだけやってきたんだ」という確かな努力の結晶がそこにあって、少しだけ救われたような気持ちになったのを覚えています。
❚ 「記録」が「次への一歩」に変わった日
ただ溜めていくだけだったこの取り組みに、大きな転機が訪れました。ある日、参加した研究会で配られた指導案に「ビフォーアフター」という言葉が書かれているのを目にしたのです。
それを見た瞬間、「そうか、ただ結果を貼るだけじゃなくて、次にどうするかを書けばいいんだ」と腑に落ちました。その日から、ノートに貼った板書の写真に、授業後に思ったことや「次はこう発問する」「ここの指示を変える」といった改善点を、赤ペンで付け足すようにしたのです。
すると、自分の意識が「記録を残すこと」から「次の授業をどう創るか」へと明確に変わりました。ちょうどその頃から、交換授業をしており、同じ授業を別のクラスで行う機会がありました。前のクラスで赤ペンで修正した「次こうする」を、すぐ次のクラスで実践できる。このサイクルが回り始めたとき、初めて「板書の記録」が強力な武器になったと実感しました。

❚ デジタルが広げた「思考の足跡」
そして数年前、このマイルールはiPadの導入によってさらなる進化を遂げました。
アナログの手帳やノートで行っていた作業をすべてiPadに移行したことで、あの苦しかった印刷とのり付けの手間がゼロになったのです。写真を取り込み、そこに手書きで直接書き込む。さらに、「オクリンクプラス」などで子どもたちが提出したカードのデータも一緒に一つの画面にまとめることができるようになりました。
これにより、黒板の記録だけでなく、子どもたちが「どこで悩み、どうやって自分なりの答えにたどり着いたのか」という一人ひとりの【思考の足跡】が、以前よりもはっきりと見えるようになり、手元に残せるようになりました。過去の学年の記録であっても、子どもたちの思考のプロセスや、自分が赤ペンで書き込んだ反省点は、今の教材づくりの大きなヒントとして私を助けてくれています。


ノートからiPadへ移行したことで、記録はより手軽で効率的に。
子どもたちが提出した意見や考えもまとめて蓄積できるようになり、「板書のビフォーアフター」だけでなく、一人ひとりの「思考の足跡」まで見取れるようになった。
❚ 明日の自分へ、そして全国の先生方へ
「意味がないかもしれない」「しんどい」と悩みながらも、不器用にノートを作り続けていた若手時代の自分に声をかけるなら、こう伝えたいです。
「大丈夫。あなたが残しているその1枚1枚は、未来のあなた自身を助け、子どもたちの深い学びをつくる最高の相棒になるから、そのまま続けてみて」と。
私たち教員の毎日は、思い通りにいかないことの連続です。でも、授業終わりに「あそこはこうすればよかったな」と書き込むその瞬間、私たちはすでに明日の授業に向けて歩み出しています。
先生方が教室で残している小さな足跡は、絶対に無駄にはなりません。明日もまた、子どもたちと一緒に教室で過ごす時間が、少しでもワクワクするものになりますように。私のささやかな経験が、どこかの教室でがんばる先生の背中を、ほんの少しでも押すことができたらうれしいです。