先生が がんばりすぎない学級づくり
― 子どもにオーナーシップを渡すという選択 ―
学級経営
執筆/前 軽井沢風越学園校長 岩瀬直樹先生
4月の教室。先生が整え、先生が決め、先生がまとめる。でも、それは本当に「子ども主体」の学級づくりでしょうか。岩瀬先生がたどり着いたのは、先生が主役を降り、学級のオーナーを子どもに渡す教室でした。目標より先に関係を育てる。教室環境を子どもと一緒につくる。「させる」のではなく「一緒にやる」。本特集では、岩瀬先生の実践を通して、子どもが自分たちのコミュニティを運営していく学級づくりを紹介します。読後には、「先生ががんばりすぎなくていい理由」と、学級づくりの視点が一段深まるはずです。
子どもが“オーナー”になる教室のつくり方
●毎日スライムを作っていた時代がある
教員になりたての僕は、とにかく楽しいことで教室をなんとかしのいでいました。張り切って教壇に立ったものの、明日の授業もどうしていいかわからない。保護者からは「授業がわかりにくいと言っている」等と苦情が来る。日々をやり過ごすので精いっぱいで、頼らざるをえなかったのがレクやスライムでした。
一日一個「面白いこと」をやる。本で読んだ「30秒でゴミを30個拾いましょう」的な「指導言」で子どもがパッと動く。コントロールの快感にハマり、気づけば「面白い先生」を5年間目指し続けました。学校で一番人気のある先生—いわゆる天狗になっていたのです。5年目、5年生を担任して異動しました。泣いてお別れした、最高のクラスだったはずでした。翌年の4月、離任式で体育館に入った瞬間のことを、僕は今でも忘れられません。子どもたちが整列を崩してワーッと駆け寄ってきた。「イワセーン!」「今の先生、まじ酷いんだよ」。退場の時岩瀬コールが体育館に響く。——たった1ヶ月で、クラスは荒れていました。いじめも起きていた。僕は気づきました。自分たちで何かをつくるとか、自分で関係をつないでいくってことが全くできない子どもたちを、僕が育ててしまったんだ、と。「僕のクラス」をつくっていただけだった。僕がいなくなったら、何も残らなかった。それから僕は「オモシロ先生」をやめました。
数年後、狭山市立堀兼小学校で6年生を担任したとき、卒業を前に子どもたちがこう書いてくれました。「イワセンはケーキのスポンジを作ってくれた。それをきれいなケーキに仕上げたのは私たち!」この言葉が僕の原点になりました。先生がやるべきは「ケーキ全部」を一人で焼くことじゃない。土台となるスポンジ—安心して関われる関係性、「ここにいていいんだ」という居場所、自分たちでつくっていくという民主的な場をつくること。そこから先は子どもたちが自分でつくっていく。「させる」のではなく「一緒にやろう」。先生はファシリテーター。まず子どもたちの心の体力を温めて、管理ではなく信頼をベースにした関係をつくっていく。先生がケーキ全部をデコレーションしなくていいんです。スポンジさえしっかり焼けたら、子どもたちは自分で最高のケーキに仕上げます。
この実践は、こんな先生におすすめです。
- 子ども主体と言いながら、つい誘導してしまう
- 自分がいないとクラスが不安定になる
- 本当に自立する子どもを育てたい
- 学級を“民主的なコミュニティ”にしたい
●先生も子どももファシリテーター
ここで一番よくある誤解が、「任せる=放任」になってしまうことです。放任は、子どもが困っていても気づかない/気づいても助け舟を出さない状態。任せるは、一人ひとりを丁寧にみている、必要な時に足場かけをする。「今日手助けしてもらってできたことは、明日自分でできる」。
では先生の役割って何なのか。僕はこう考えています。先生はファシリテーター。でも、ゴールは先生だけがファシリテーターでいることじゃない。子どもたち自身がファシリテーターになっていくことです。「わからない」「困ってる」「助けて」を言える雰囲気を、先生がつくるのではなく、子どもたちと一緒につくっていけるようになる。僕はそれを「共同修正」と呼んでいます。「何が起きた?」「私たちはどうしたい?」と問い対話を重ねる。コミュニティのメンバーで、よりよくし続けるプロセスのことです。
つまり、学級は「先生の教室」じゃなくて、みんなで一緒につくる「コミュニティ」。もっと言えば、民主主義の小さな実験場です。自分たちのことは自分たちで決めていける。自分のためと、他の人や社会のためを同時に満たすにはどうすればいいかを試行錯誤する。今、教室で起きていることは、25年後の社会で起きることと仮定する。だとしたら、教室をどんな場にするかは、未来の社会を、子どもたちの未来をどうつくるかと同じ問いです。その実験場を機能させるために、僕が大事にしている心得が3つあります。
①「決めるのは子どもたち」を本気でやる
学級開きでありがちなのが、「これを守りなさい」「こうしなさい」。でも、子どもは「やらされ感」を嗅ぎ取ります。「このクラスをどんな場にしたい?」を本気で聞き、一緒に決めてみる。先生の理想は、いったん脇に置く。決めたことがうまくいかなかったら、また話し合ってやり直せばいい。そのプロセスそのものが民主主義の練習です。
②安心の土台を、一緒に温める
初対面の集団で、いきなり本音は出てこない。安心して失敗できる、安心して意見を言える、その空気が先です。最初の1ヶ月は、小さな成功体験を積み重ねて、クラスの温度をあたためていく。僕も何度もここを急いで失敗しました。
③先生の「正解」を手放す
「子ども主体」と言いながら、先生のゴールに誘導してしまうことがある。僕も散々やりました。子どもは「先生が欲しい答え」を探すようになってしまい、自分の言葉を失います。「答え」を持っている自分に気づいたら一歩下がる。「どう思う?」「どうしたい?」と問いかえしていく。先生が正解を手放した分だけ、子どもたちの中にオーナーシップが育っていきます。
先生ががんばらないのは、手を抜くためじゃない。学級のオーナーを、子どもたちに渡すためです。先生はスポンジを焼く。あとは、子どもたちが自分たちでケーキに仕上げていく。そこに残るのは、「自分たちで世界をよくできる」という手応え。僕は、それを教室の真ん中に置きたいと考えています。
学級づくりは「目標」からじゃなく「関係」から始まる
4月の教室。新しい担任として、まずやりたくなることがあります。「どんなクラスにしたい?」「学級目標を決めよう!」—わかります。僕も若いころはそうでした。でも、ちょっと立ち止まって考えてみてください。アメリカの経営学者バーナードは、組織がうまくいくための3要素を挙げました。「共通目的」「貢献意欲」「コミュニケーション」。学級もスポーツチームも職員室も、どの組織にも共通する3つです。
では、この3つ、どこから手をつけるのがいいと思いますか?共通目的——つまり学級目標から? 僕の答えは「いいえ」です。まず手をつけるべきは、コミュニケーションの量を増やすことです。豊かなコミュニケーションが成立していない学級では、目的を共有することも、そこへの貢献意欲を育むこともできません。考えてみれば当たり前のことです。大人でも、初対面の人に正直に何でも話すのは難しい。赴任したばかりの学校の職員会議で「本音で語ってください」と言われて、本当に本音を出せる人がどれだけいるでしょうか。初めて出会った人に人生の悩み相談なんて、絶対できない。「どんな食べもの好き?」「その映画好きなの?私と同じだ」—そんな話を積み重ねていく中で、「実はさ」って話が少しずつできるようになっていく。子どもも同じです。まだ顔も名前も一致しない4月に、「心から思っているクラスの目標」なんて出てこなくて当然。出てくるとしたら、それは去年までに覚えた「正解っぽい言葉」です。だから僕は、4月にいきなり学級目標を立てません。
●まず、関係を「混ぜる」
子どもの人間関係って、実はものすごく固定化されています。朝、登校したら仲良しの2〜3人とおしゃべり。授業中は黙って聞く。休み時間もその子たちと遊ぶ。給食のときだけグループの子とちょっとしゃべる。結局、ほんの数人としかコミュニケーションを取っていない。教室に30人いるのに、世界が小人数で閉じている(小クラスター化)。しかもその小グループは、「安心」ではなく「不安」をベースに固まっていることが多い。知らない人ばかりの場所で、まず自分の居場所を確保したい。だから知っている子にしがみつく。そのままにしておくと、グループは排他的になっていきます。でも、その壁を自分で越えるのはリスクが高いです。大人も同じです。職員室で、わざわざ他の学年のところに行って、あまり話したことのない同僚とおしゃべりなんて、あまりしないものです。やっぱり不安だから行かない。普段よくしゃべる人に固まっていくのは、人の習性なんです。
だからこそ、「関係のつなぎ直し」=リワイヤリングのきっかけをつくるのが、担任の大切な役割です。ただし「混ざりましょう」と言っても混ざらない。だから「うっかり楽しいことで混ざっちゃった」という体験をつくる。ペアトークや様々なアクティビティ、朝の会や授業の中で多様な関係で話したり、活動したり、学んだりする機会を構成します。1ヶ月経った頃、一人ひとりの子が教室を見回して、気づいたら「全員としゃべったことあるな」「全員と何か一緒にやったことあるな」と思えていたら、よく混ざった証拠です。大事なのは、質の前にまず量。僕ら教師は最初から質を求めてしまいがちです。いきなり「いじめについて話し合おう」なんて重い。本音を言えるわけがありません。たくさんのポジティブなコミュニケーションがたまっているからこそ、やがて大事な話もできるようになります。量がたまると、どこかのタイミングで質的な変化が起きます(量質転化の法則)。よりよい関係は、メンバー同士の「心地よい体験の積み重ね」からしか生まれません。
●学級目標は「立てる」ものじゃなく「育っていく」もの
関係性が温まってきた5月頃。こんな関係が広がるといいな、こんなことを大切にし続けたいな、今、クラスいい感じだな、そんな経験が一人一人の中に溜まってきてから初めて「こんなクラスにしたいね」を言葉にしていけるタイミングが来たと言えます。
共通目的=こんなクラスにしたい、こんなクラスになるといいが、体験を通して言葉になってくることを目指したいです。それは学級目標というよりも、「私たちが大切にしたい(学級)コミュニティ像」という感じですよね。コミュニケーションが豊かになり、共通目的のイメージが共有されると、3つ目の「貢献意欲」は自然と育っていきます。このクラスをよりよくしたい、仲間の成長に力を貸したい—そう思えるのは、安心して関われる関係があるからこそです。4月の教室で、焦らなくて大丈夫。組織の3要素は、コミュニケーションから始まります。まずはポジティブなコミュニケーションの量をたっぷりと。目標は、あとからちゃんとついてきます。
イワセン教室大公開!いいクラスをつくるには「いい教室」から
学級目標は1年間、学級の支えになるもので、大切なものです。大切なものなので、新年度が始まってすぐには作らないようにしています。子供たちがまだ新しい環境に慣れていないので、ある程度の期間、新しい学級で過ごして、学級の良さや課題を捉えてから話し合って決めるようにしています。
—先生って、ほんとうにまじめです。
でも、ちょっと立ち止まって考えてみてください。先生が一生懸命「やってあげる」ことで、子どもたちは何を学んでいるでしょうか。「自分がやらなくても環境は自動的に整っていく」「居心地をよくするのは先生の仕事」。結果としてそんなことを学んでいるかもしれません。私は、新学期のスタートを「教室リフォームプロジェクト」から始めていました。教室を子どもたちと一緒に、自分たちの手でつくり変えるプロジェクトです。
●「先生の教室」を「わたしたちの教室」に変える
日本の教室って無機質です。でも見方を変えると、それは強み。フレキシブルに動く机と何もない壁。「自由に空間デザインしやすい場」と捉えれば、自由度はものすごく高い。「うちの校舎は・・・」と諦める必要はありません。
『どんな机の配置が子どもの学習によい影響を与えるのか考える時にも、空間の見方が問題になる。教室といえばようかん型の校舎に同じ長方形の教室が長廊下の片側に並ぶ現行方式しか思い浮かべられない教師は、その枠の中でしか授業を考えれない。木陰の読書、屋上での合唱や詩の暗唱、廊下に机を出したひとり学び、廊下コーナーのパソコンコーナーやミニ美術館等々、頭を切りかえれば、いろいろなアイデアがわいてくる』
と澤本が指摘していますが、従来の教室環境でも、工夫次第で様々な可能性が広がってきます。
学びをひらくレトリック: 学習環境としての教師 (子どもの発達と教育 3)
4月の最初の週、私はあえて何も整えず子どもたちを迎えます。すると必ず「せんせー、ロッカーに名前シールがありません・・・」「ほんとだねー。困ったね。で、どうしたい?」「自分で貼りたい」「いいね。シールもテプラもあるから、使ってみてね」。 「せんせー、給食献立表がないと明日の給食がわかりません」「そっかー。確かにそうだねえ」「貼っていいですか?」「いいも悪いも、みんなの教室なんだから、いいと思ったことはぼくに断らずにやるといいよ」。イラストが得意な子が手伝ってくれて、美的センスゼロの僕がつくるよりずっと素敵な献立コーナーができます。 困ったら自分たちでなんとかする。この繰り返しが教室リフォームプロジェクトのスタートです。
●環境が変わると、関係が変わる
やがて子どもたちは机の配置にも手をつけ始めます。4〜5人のグループで机を合わせると、すぐに相談もできるし、一人で集中したいときは壁に向きを変えてもいい。教室の隅に畳を敷いてリラックスコーナーをつくった年もあれば、棚を目隠しする布を手縫いしてくれた子がいた年もありました。学校があまり得意じゃなかったその子は、毎日休み時間のたびにせっせと縫い物をしていた。今思えば、教室の中に自分で居場所をつくっていたんですね。環境を変えると、不思議と人の動きも変わります。ある年の子どもたちの言葉を紹介します。「自分の部屋みたい」「早く帰りたいと思わなくなった」「自分たちでやるから、大切にしたくなった」「途中で自分たちのアイデアで変えられる」「しゃべらない人ともしゃべるようになった」——。最初から完璧じゃなくていい。ガムテープの貼り方が雑でも、がまんがまん。空間を一緒につくる体験そのものが、関係をつくっているんです。
●「係」を「会社」に変える
教室リフォームプロジェクトの延長線上に、僕のクラスでは「会社活動」がありました。いわゆる「係活動」を「会社」と呼び変えたものです。従来の係活動は、先生が「配り係」「電気係」と割り当てる。子どもにとっては「やらされ仕事」になりがちです。一方、会社活動は「クラスのためにやりたいこと」を自分で企画し、仲間を集めて起業する。何をするかも誰とやるかも、子どもが選んで決めます。たとえば「インテリア会社」は教室の飾りつけを担当。「大工会社」は本棚や小物入れをDIY。「イベント会社」はお楽しみ会を企画。「新聞会社」はクラスのニュースを取材して壁新聞にする。
会社活動には1年間の流れがあります。4月に起業し、毎週決まった時間に活動する。うまくいかなければ途中で合併してもいいし、つぶれてもいい。2学期に新しいニーズが生まれたら新会社を立ち上げる。年度末には「株主総会」と称してクラス全員で活動をふりかえり、互いの貢献を認め合います。こうして子どもたちは1年かけて「自分たちのコミュニティは自分たちで運営できる」ことを体験していくのです。
大事なのは3つ。「自分でやりたいことを選ぶ」自己選択。「自分でどうやるか決める」自己決定。そして「クラスのみんなが喜ぶことをする」貢献。この3つがそろうと、ぐっと自分ごとになっていきます。
お気づきかもしれませんが、これは「プロジェクトの学び」そのものです。それについてはまたどこかで詳しく。
●先生がラクになるほど、子どもは育つ
教室リフォームプロジェクトを始めると、先生の仕事はどんどんラクになります。でもそれは「手抜き」ではありません。先生がラクになればなるほど、子どもたちは自立している。そう言い切っていいと思います。教室環境を自分たちでつくるということは、自分の周りへの「当事者性」と、自分の行動で環境をよくできるという「改善可能性」を体験的に学ぶこと。大げさかもしれないけれど、僕はこれが「どうすれば幸せになれるのかを、自分の手の中に取り戻す第一歩」だと思っています。完璧な教室を準備する必要はありません。子どもたちと一緒につくるからこそ、そこが彼らの居場所になる。教室は、その一歩目の場所です。
イワセンがこれまで集めた本が1,200冊並ぶ
ウレタンのマットや使わなくなった畳を敷き、机を設置。勉強や読書、遊びに大活躍!
ケンカやトラブルでイライラしてどうにもならなくなった時、
ぬいぐるみを抱っこしてクールダウンする。
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