
2025年7月、長久手市立南中学校でミライシードを活用した公開授業と事後検討会が開催されました。家庭科の松本 咲子先生、そして国語の米山 学志先生による二つの授業、そしてその後の検討会から見えてきたのは、生徒の思考を深める授業デザインと、学校全体でICT活用を支える「推進の秘訣」でした。本レポートでは、その模様をお届けします。
実践レポート① 松本 咲子先生・家庭科「"自分事"として社会と向き合う」
「ミライシードAWARD2024」で高く評価された、松本 咲子先生の中学2年家庭科の実践です。この授業は、消費者市民社会を目指し、生徒が理想の消費生活を創造する力を育むことを目的としており、「給食のみかんゼリー」が題材にされました。
「この『食育啓発』って、どういう意味だと思う?」
公開授業のチャイムが鳴り、松本 咲子先生が中学2年生の生徒たちに見せたのは、給食でおなじみの「みかんゼリー」。先生が語る、ゼリー誕生の意外な歴史に、生徒たちは真剣な表情で聞き入っています。一つの食品が持つ物語から、授業は「食品ロス」や「食料自給率」といった、日本が抱える大きな食問題へと自然に繋がっていきました。
「君たちの身の回りには、どんな食問題があるだろう?」
先生の問いかけに、各班で活発な議論が始まり、出てきた意見が黒板を埋め尽くしていきます。

そして、授業がさらに深まる場面で、松本 咲子先生はミライシードを活用しました。ツールは「オクリンクプラス」です。先生が配布したのは、「社会性⇔個人的」「専門的⇔意識的」という2つの軸が十字に交差する、一枚の大きな思考ツール(マトリクス)です。その上には、「孤食」や「固食」といった「9つのこ食」のカードと、先ほど生徒たち自身が発表した「食品ロス」などの食問題のカードが、ばらばらに置かれています。
「もし分からなければ、班の人と相談してもいいからね」
先生の温かい声かけに、生徒たちは安心してカードを動かし始めます。「この課題は『社会的』な側面が強いかな?」「これは『個人的』な意識の問題かも」——一枚一枚のカードを、自分たちの考えでマトリクス上に整理していくのです。

そして、授業はクライマックスへ。
「今度は、班で1台のタブレットを使って、クラスみんなで考えてみよう」
先生の指示で、生徒たちは1台のタブレットを囲み、先ほどまで個人で考えていたカードを、クラス全員が共有する一枚のシートの上で再びマッピングし始めます。自分の意見、友人の意見がリアルタイムで可視化され、混ざり合い、整理されていく。ノートや個人のタブレットでは決して味わえない、「教室全体の思考が、一つになる」瞬間です。
松本 咲子先生は、その狙いをこう語ります。
「これまでの授業では、他者の意見を知る機会が限られていました。オクリンクプラスがあることで、生徒たちは自分の情報だけでなく、他の人の情報を見ながら授業に参加できる。結果として、情報を広く捉え、深く分析できるようになったと感じています。身近な小さな課題が、実は大きな社会課題に繋がっていると実感できたのではないでしょうか」
一つのゼリーから始まった問いが、生徒一人ひとりの思考を深め、最後はクラス全体の共有知へと昇華していく。そのダイナミックな学びの広がりを、オクリンクプラスが見事に支えていた実践でした。

実践レポート② 米山 学志先生・国語「"個"の感想を"クラスの財産"に変える」
続いて、米山 学志先生による中学2年国語の授業。大岡信さんの「言葉の力」を教材に、指導書の流れをベースとしつつ、授業の要所でオクリンクプラスとドリルパークが効果的に活用されました。
授業冒頭の5分間は、漢字練習からスタート。まずは紙ドリルに取り組み、完了した生徒は自然にドリルパークへ移行していました。一人ひとりの学習ペースに合わせた、柔軟な個別対応が印象的でした。
続いて、前回の復習へ。前回までに学習した筆者の考えが、カードとして先生から生徒に送られています。生徒たちは、このカードを見ながら筆者の考えを復習し、必要に応じて近くの生徒と相談しながら理解を深めていきます。

「『美しい言葉』『正しい言葉』に対する筆者の考え方について、自分の意見や感想を書いてみましょう」
いよいよ、この日の核心部分へ。生徒一人ひとりが自分の意見・感想をオクリンクプラスのマイボード上のカードに記載していきます。
そして、授業の転換点となる場面で、米山 学志先生は工夫を凝らします。通常であれば班ごとにタブを分けることが多いところを、あえて同じボード内で共有することで、より見やすく、活発な意見交換を促していました。生徒たちは、テキストに色付けをしながら(特定の規則は設けず、協調を目的として)、自分の考えを表現していきます。

「他の班のボードも見てみましょう。気になる意見があったら、リアクションやコメントを送ってみてください」
自分の班だけでなく、他の班のボードも参照し、リアクションやコメントを送り合います。恥ずかしがり屋の生徒も多いようでしたが、ICTツールを用いることで、普段は発言しづらい生徒も自分の考えを表現することができていました。
授業の締めくくりには、キーワード集計機能を活用。生徒の意見の中でよく取り上げられている言葉を確認し、クラス全体の共通項を探ります。これにより、個々の感想がクラス全体の理解へと統合されていく様子が、視覚的に分かりやすく示されました。

【第3部】特別レポート:ミライシードAWARD2024 受賞実践発表
二つの授業の後には、松本 咲子先生ご自身から「ミライシードAWARD 2024」で賞を受賞した実践についてのプレゼンテーションが行われました。
松本 咲子先生が目指すのは、家庭科を主軸とした教科横断的な学びによる「消費者市民社会の実現」。生徒たちが一人の消費者として社会と向き合い、理想の消費生活を自ら創造する力を育む、大きなテーマです。生徒が学習を「自分事」として捉えられるよう、シミュレーションを取り入れるなどの様々な工夫が盛り込まれていました。
この発表を聞くことで、公開授業で見た一つひとつの活動に、いかに深い意図や教育的な価値が込められていたのかを、参加者全員が改めて理解しました。

【第4部】授業を支える「推進の秘訣」〜事後検討会レポート〜
素晴らしい授業は、どのようにして生まれるのか。事後検討会では、授業を支える哲学や、学校全体での推進の工夫が語られました。
▼ 秘訣①:良い授業は「リズム」と「チーム」から
松本先生が大切にされていることは、授業の「リズム」です。以前、生徒から「リズムがいい先生の授業は楽しい」と教えられた経験から、生徒が集中し、意欲的に参加し続けられるテンポ感を常に意識しているそうです。また、松本先生は「実は私、アナログ人間なんです」と笑顔で語られていました。たくさんのアイデアを具体的な形にしてくれるのは、ICT支援員の存在が大きいと言います。アイデアを出す先生と、実現する支援員。この見事な「チーム」での連携が、授業の土台にあります。
▼ 秘訣②:教員も生徒も「楽しく使う」仕組みづくり
この学校では、職員会議で「みんなのボード」を使うなど、先生自身が日常的にミライシードに触れる機会があるとのこと。米山先生は、「校内研究会で年3回は必ずオクリンクプラスを使う機会を作っている」と話します。また、生徒の班活動では「おうむ返し役」「ずっとうなずく役」など、遊び心のある役割を設定。こうしたアナログな工夫が生徒の心理的な壁を取り払い、「やらされるICT」ではなく「楽しく使うICT」という文化を育んでいます。
▼ 秘訣③:「匿名性」が生む、対等な学び合い
オクリンクプラスの良さについて、先生は「匿名で意見を交わせること」も挙げました。「友達だから…」といった人間関係に左右されず、純粋に意見そのものに触れられるため、生徒たちは対等な立場で互いの考えを尊重し合える。これも、ICTだからこそ実現できる、質の高い学び合いの形です。

二つの魅力的な授業の背景には、先生方の明確な教育哲学と、それを支える学校全体の文化がありました。ミライシードは、先生の想いを実現し、生徒の学びを深める強力なツールであると同時に、学校全体のコミュニケーションを活性化させる可能性を秘めていることを実感する一日となりました。
