ICTなら失敗しても大丈夫という安心感がある。
それが子どもたちの挑戦や自信につながっていると思います。
——東京都新宿区立 富久小学校
「私が描いた魚が泳いでいるよ!」
図工×ICTの実践が学校全体のICT活用推進へ
新宿区立富久小学校では、これまで見たことのないような図工の作品が生まれています。ICTを駆使した最先端の授業では、教室が海になり、子どもたちが描いた魚の絵が泳ぎ始めます。他教科とのコラボレーションも盛んに行われてきました。富久小学校の井口美由紀 前校長と、図工専科の岩本紅葉先生にお話をうかがいました。(共に令和4年度まで新宿区立富久小学校。令和5年度現在、井口校長先生は新宿区立市谷小学校校長、岩本先生は育休中)
リアルでは難しいこともICTを使えば簡単に実現
井口校長先生:
子どもたちは1日の大半を学校で過ごしますから、子どもたちが「学校が楽しい」と思って学校に来られることが一番だと考えています。先生たちには日頃から、「子どもにとって何がよいか」を考えてほしいと伝えていました。富久小の学校経営方針は、第一に「子ども中心の学校」、第二に「教師が高め合い、学び続ける学校」、そして第三に「地域・保護者と協働する学校」としました。
これまでの教員の世界は前例を踏襲することが多かったのですが、時代は大きく変わっています。コロナ禍は大変な状況でしたが、ある意味チャンスでもあった。できないことを数えるのではなく、できることを探す。そうすれば、教員としての幅も広がります。一人では難しいことも、それぞれの強みを活かし知恵を出し合っていけば、今までより成長した自分に会えるよね、とよく話をしたものです。
「できないことを数えるのではなく、できることを探して、教員としての幅を広げてほしい」と井口校長先生。
井口校長先生:
令和3年度から2年間、月に一度の校内OJTで、ICT活用の実践を全ての先生が発表し、共有しました。一人15分ほどの持ち時間でしたが、ベテランと言われる先生方もICTを楽しみながら授業に導入してくださいました。OJTがきっかけとなり、放課後に有志でICT活用事例を共有する姿が見られるようになっていきました。
そのOJT担当として活躍してくれたのが岩本主任教諭です。彼女はICTの主任でもあり、ICTを駆使した授業を先駆けて実践していて、新しいことに対しても非常に好奇心をもって取り組みます。
周年行事や展覧会では、ステージ上の大きなお城に区内の他の学校との共同制作でプロジェクションマッピングを投影したこともあります。コロナ前は、学校を越えた共同の授業は、時間だけでなく移動なども大変ですから難しいことでした。しかし、リアルでは難しいこともICTを使えば簡単にできるようになりました。それは素晴らしいことだと思います。
ステージ上に大きな白い城を作り、子どもたちの作品をプロジェクションマッピングで投影。
井口校長先生:
一方で、岩本主任教諭はICTだけに頼るのではなく、従来の絵の具などを使った作品や、粘土や砂絵など実際の手の感覚を使った作品も大切にしています。ICTを導入したことで図工が好きになった、図工が楽しいという子どもたちもかなり増えています。
彼女をはじめ、さまざまな実践が教員同士の刺激となり、「とりあえずやってみよう」を合言葉に、富久小学校全体で新しいことにどんどんチャレンジすることができたと思います。
展覧会の様子。図工では、ICTを使わないこれまでのような創作活動も十分に行っている。
ミライシードを使えばタイミングを逃さず声をかけられる
――図工の授業でICTを使いはじめたきっかけは。
岩本先生:
私が授業で初めてデジタル機器を使用したのは、教育実習の時でした。教師生活は今年で14年目なので、かなり前ですよね。5年生の図工の授業でコマ撮りアニメーションの題材があり、パラパラ漫画を制作する時間があったので、子どもたちが描いた絵を撮影してデータ化し、動かして鑑賞しました。その時、子どもたちがとても喜んでくれたんです。自分たちが描いた絵が動くのを見て、本当にうれしそうでした。
「私が指導しなくても、子どもたちは自分で何かを検索したり、写真を撮ったりしています。タブレットは画材の一つです」と岩本先生。
それ以来、教科書や学習指導要領に沿った内容で、これならICTを取り入れるともっと面白くなりそうだと思えるものにはどんどん取り入れてきました。教科を横断して作品をつくることも増えています。
2年生国語『スイミー』との横断的学びとして、図工で子どもたちが描いた魚を教室全体に映し出した。
――一人一台の端末が配備されて、変わったことはありますか。
岩本先生:
小学校高学年になると、「絵を描くのは好きだけどうまく描けない」「絵に自信がない」などという子が増えてきます。でも、ICTを使って絵を描けば、絵の具で描くのとは違い、何度失敗しても描き直すことができる。失敗しても大丈夫という安心感はとても大きいと思います。
ICTを通すと見てほしい部分を大きく撮影することもでき、作品のよさをより伝えることができる効果もあるんです。プロジェクションマッピングで発表すれば自分の作品を見てみんなが感動してくれる。それが子どもたちの挑戦や自信につながっていると思います。
これは前任校での話なのですが、 ICTを使うようになって「図工ができると思うかどうか」を問うアンケートを取ると、全員が「よくできる」「できる」と答えるようになりました。それが一番うれしい変化ですね。
2年生がお絵描きソフト「ビスケット」を使って描いた「ふしぎなたまご」の作品。
――ミライシードはどんな場面で使っていますか。
岩本先生:
図工では、プロセスを見取って評価することが重要です。完成作品に至るまでに、子どもたちが試行錯誤し工夫したことを授業中の観察で見取らなければならないのですが、30人近くの子どもたちがいると、そのタイミングを逃してしまうこともあります。
そこで、子どもたちに作品を作る過程を撮影してもらい、オクリンクのカードにストックし、ムーブノートのコメント機能で双方向のやり取りを始めました。子どもたちの作品の変化がリアルタイムでわかるので、次はこんな材料を使うと発想が広がるだろう、こんなアドバイスをすればもっと工夫できるなど、タイミングを逃さずに声をかけられるようになりました。
4年生の「ひみつのすみか」では、一人ひとりが小さな隠れ家を工作しました。それを校庭の花壇や木の上など好きなところに展示して、ムーブノートの広場で作品マップを作りました。他学年にもリンクを共有し、休み時間などを利用して探して鑑賞してもらいましたが、作った学年だけでなく、鑑賞してくれた他の学年もとても楽しそうでした。
「ひみつのすみか」を校庭の好きな場所に配置。子どもたちは1日だけのミニ展覧会を楽しんだ。
タブレットを片手にマップを見ながら作品を探しに行く。他学年も宝探しのような感覚で楽しめた。
「人間だからできること」をはぐくむICT
――先生方にICTの良さをどのように伝えていますか。
岩本先生:
私はICTの主任として赴任しましたので、OJT担当として研修ももちろん企画しましたが、やはり最も効果があるのは、子どもたちが積極的に学んで楽しそうに輝いている姿を見ていただくことです。図工の時間が終わって、「今日ね、図工でこんなことしたよ」「こんなことして楽しかった」と子どもたちが担任の先生に話してくれることで、先生方が、「どうやってするの?」「やってみたい」と興味を持ってくださいます。
子どもたちの作品でつくったプロジェクションマッピングなどを実際に見ると、これはこの教科でこんなことに使えるなど、皆さんさまざまなイメージが膨らむようです。総合的な学習のSDGsや、体育や音楽とのコラボレーションもこれまでに実現しました。
――これからの学校教育に求められることは。
井口校長先生:
ICTやAIは、私たちの生活にすっかり入り込んでいます。知識や技能は生きていく上で大切なことですが、それらは今後、ICTやAIにとってかわられるかもしれません。ただ、ICTにはできないけれども「人間だからできること」がまだまだたくさんあります。例えば、思考、判断、表現などは人間のもつ可能性が広がる部分です。
社会の形態が変わるにつれて、求められる力は変わっていきます。この時代に生きていく上で、どんな力が必要なのかを考え、その力をどのようにつけていくかが学校教育の大切な役割です。そのためにも、ICTを使うことが必要なのかもしれません。
【編集後記】
「なんでもやってみて」という井口校長のもとでたくさんのチャレンジができたと話す岩本先生は、「小学校2年生から祖父のパソコンで遊んでいた」という、デジタルネイティブ。しかし、今の時代を生きる子どもたちはそれ以上の環境で育っています。ご自身が子どもの頃から魅せられたデジタルの世界のおもしろさを子どもたちに感じてほしいという熱い思いが伝わってきました。
撮影/株式会社 デザインオフィス・キャン 加藤武 取材・文/太田美由紀
※取材の内容は2023年3月時点の情報です。
※掲載にあたり一部の図版を編集しております。
所在地:東京都新宿区
学校名:新宿区立富久小学校
生徒数:285人(2022年度)
1クラスの人数:22人〜38人(2022年度)
特色:新宿御苑からほど近い場所に位置する学校には、人工芝の校庭が広がる。学校教育目標は「心ゆたかな子ども たくましい子ども 進んで考え行う子ども」であり、2022年度の学校経営方針として「子ども中心の学校」「教師が高め合い、学び続ける学校」「地域・保護者と協働する学校」を掲げている。2021年度からミライシード導入。