音楽は表現する教科。
見て、聴いて得た感動を、
「見える」ようにしたかったのです。
——埼玉県久喜市立菖蒲中学校
“誰もができる音楽科”実現への試みと、
その道中でできた生徒の思いを具現化する授業づくり
埼玉県久喜市は円滑な小中連携のために、中学校の先生が小学校でも一部の授業を実施しています。久喜市立菖蒲中学校の音楽教諭である秀嶋矩子先生も、普段の授業の傍ら、小学校で音楽を教えていました。
そうしてつながりを深めた小学校の先生たちから、「音楽の授業の進め方がわからない」と悩みを聞いた秀嶋先生は、ある取り組みを始めます。それが「誰もができる音楽科」への挑戦でした。この取り組みの中でどのようにICTを活用されたのか、菖蒲中学校校長の内田校長先生も交えて、お話を伺いました。
「誰もができる音楽科」への挑戦とは
——貴校は「誰もができる音楽科」への挑戦で、2023年度のミライシードアワード審査員特別賞を受賞されました。この取り組みの背景をお聞かせください。
秀嶋先生:
前提として、久喜市は小中連携を目的に、中学校の教員が小学校に赴いて授業を行う取り組みを続けています。私も音楽科の教員として、小学校で音楽の授業を行っていました。そういった関係から、音楽を受け持つ市内の小学校・中学校の先生とはよくお会いする機会があったのですが、小学校の音楽専科の先生の中には「少しピアノを弾いた経験があるから」「鼓笛隊を教えたことがあるから」音楽専科に選ばれてしまった先生が多く、指導に悩まれている現状があると知りました。
実際、授業のために小学校を訪ねたときに、その学校の先生が教科書を持ってきて「この流れで教えていいんでしょうか」と相談してきたこともありました。本当に、何から手をつければいいのかわからない先生がたくさんいたのです。
中学校の音楽科教員としては、発声など、最低限必要な音楽の基礎を小学校のうちに身につけたうえで、入学してきてほしい。そのためには、誰もが質の高い授業を実施できる環境が必要になる。何かできないだろうかと考え始めたのがスタートでした。
まず取り組んだのが、すぐに使える教材の共有です。例えばオクリンクのカードのように、授業でそのまま活用できる教材を用意して、誰でもダウンロードできるようにしておく。そうすれば、誰でも「同じ学習」を実践できるでしょう。そうして授業のベースを押さえつつ、ねらいや悩みなど、必要に応じてアレンジして使ってもらううちに、音楽の授業に対する先生方の苦手意識も変わっていくだろうと考えました。
秀嶋先生。久喜市の音楽部会でも中心的な役割を担っている。
——そこでテーマとなったのが、「見える音楽」の具現化ですね。
秀嶋先生:
音楽は表現の教科であり、生徒同士が見て理解し、聴いて実感し、体験して感動を促すことが深い学びにつながります。そうした思考・判断・表現する活動を可視化する授業例と、そのためのすぐに使える教材をつくろうと考えました。
活用したのは主に、オクリンクとカード機能です。オクリンクは操作が簡単で、教員はもちろん、生徒でも容易にデータを入れ替えたり、追加したりできます。このカード上で、学んだ楽曲から気になる楽器やパートを取り上げる、動画配信サイトで検索した楽曲のURLを貼り付けるなど、鑑賞した楽曲について児童が表現する授業について、流れをまとめたり、活用するカードをつくったりして、久喜市の音楽部会で共有しています。
生徒たちの考えを具体化する「見える音楽」づくり
——本日の授業でも、「見える音楽」を実践されていました。改めて、授業の概要をお聞かせください。
秀嶋先生:
今日は、オペラと歌舞伎を比較鑑賞する単元の5時間目でした。1・2時間目は歌舞伎とオペラについてインプットする時間で、『アイーダ』と『勧進帳』を題材に、動画を見たり、長唄の発声の仕方を勉強したりしました。3・4時間目は、アイーダと勧進帳を比較しながら、自分はどちらのどういった点に魅力を感じるのか、オクリンクのカードをつくる時間にしました。そして今日の5時間目ではカードを仕上げて、一人ひとりのカードを鑑賞して投票し、代表者に発表してもらいました。
授業の冒頭で、流れを説明する秀嶋先生。この日は単元の5時間目で、発表の時間だった。
——授業づくりのポイントは何でしょうか。
秀嶋先生:
今日の授業だけに限らずですが、「見える音楽」と言っているように、生徒に自分の考えを表現させる、具体化させることに重点を置いています。例えば合唱コンクールの時期は、クラスの合唱曲の紹介文をつくる活動を行いました。
自分の考えを表現するといっても、ただ「よかった」「きれいだった」と書くだけだと、感想文止まりです。きちんと音楽の要素に触れて、鑑賞へと昇華させることが重要です。そのために取り入れているのが「互いの“よさ”や作り手の“意図”を発見する」生徒同士の他者参照です。例えば今日の発表では、「自分は吹奏楽部で、他のパートとリズムを合わせる難しさがわかる。だから『アイーダ』の楽器隊がリズムを完璧に合わせている点はすごいと思った」と話してくれた子がいました。実体験を織り交ぜた、とても参考になる考えですよね。口頭での発表とは別に、「提出BOX」のカードを見て気づくこともたくさんあるでしょう。ですので、単にカードをつくって終わりではなく、生徒同士で見合ったり、発表したりする時間をなるべく多く設けるようにしています。
生徒同士の投票を受けて、カードを発表する生徒。イラストなどを使って、わかりやすくまとめている。
——どの生徒も熱心にカードを作り込んでいて、わかりやすくまとめられているのが印象的でした。他の教科でも、ICTの活用を進められているからでしょうか。
内田校長先生:
そうですね。他の教科でも、ICTを使った授業や発表活動はよく行われています。実は、本校は2022年に近隣の2校が統合してできました。統合にあたって、教員間の意識やスキルを地ならししておく必要があるということで、2020年度から計画的かつ頻繁に、2校での様々な研修に取り組んできました。もちろんICTの研修も実施しました。それもあって、先生方は前向きに活用してくれているのでしょう。
特に若手の先生たちは、ICTが好きですし、得意ですね。職員室の中でも、「これが面白かった」「こういうコンテンツも活用できる」とよく話しています。例えば電子黒板が導入されたときも、「使っていいよ」と話す前に、もう使っている先生がいたくらいでした。
それから、久喜市全体がICTの活用に積極的なのも大きいと思います。小学校の段階でかなり活用が進んでいて、端末の持ち帰りも行われています。生徒が端末操作に通じているのは、学校の授業外で取り入れたスキルや情報を生かしているところもあるでしょう。
内田校長先生。家電メーカーとの協働イベントの際も、「久喜市から人材を出すなら、秀嶋先生しかいないだろう」と強く後押ししてくれたそう。
秀嶋先生:
校長をはじめ、管理職の先生が後押ししてくれている面もありますよ。内田校長は先日も「こことコラボしてみない?」と、ある家電メーカーさんと久喜市が協働で行うプログラミング×音楽学習のイベントへの参加を持ちかけてくれました。それから2023年度の校内研究のテーマも「教科の学力向上」で、教科ごとに自由に研究させてくれました。積極的に情報発信をしてくれて、かつ現場の裁量で進めさせてくれるので、とても挑戦しやすいですね。
入口だからこそ、たくさんのドアを見せてあげたい
——「見える音楽」の手ごたえはいかがでしょうか。
秀嶋先生:
生徒たちは自分の考えを伝えるのがどんどん上手になっています。4月の時点では生徒たちもまだまだ表現が苦手で、鑑賞文を書かせても、1・2行しか書けません。それがだんだんと、「作品のこういうところが好きだ」「こういうところが好きだから、みんなこう思ってくれたらうれしい」と、ステップアップしながら表現の幅を広げていく。どうやったら自分が伝えたいことを表現できるのか、友達の発表を参考にしながら、どの子も一生懸命成長してくれています。
久喜市の音楽部会でも、活用は広がっています。音楽部会に参加した先生が、他の先生に「こういう授業の進め方があるよ」「これ、おすすめだよ」と話してくれているようで。少しでも、先生方の手助けができているならうれしいですね。
——取り組みの今後の展望をお聞かせください。
秀嶋先生:
最近、久喜市の音楽部会とは別に、市外の先生とつながりを持てました。まだ数人ですが、協力して活動できる先生が増えれば、音楽におけるICT活用の幅はさらに広げられるでしょう。
また、今はインターネットを通じて様々な音楽のアプリケーションにアクセスできます。ここの間も、簡単に作曲ができるアプリケーションや、ドラムの勉強になるアプリケーションを見つけました。もっとたくさんのツールを見つけて、授業に生かしたり、生徒たちに共有したりしたいですね。
義務教育の音楽は、あくまで音楽の入口を教えるものだと私は思います。だからこそ、生徒たちがまだ知らない情報をたくさん提供して、興味のドアを見つけてもらいたい。「あの授業で簡単に作曲できたから、久しぶりにやってみようかな」「ギター、またやってみようかな」と、生徒たちが音楽を生涯の友にしたいと思えるような授業づくりをめざして、今後も挑戦していきたいです。
【編集後記】
秀嶋先生の授業を拝見して印象的だったのが、どの生徒も静かに、カードづくりに集中していたこと。カードの内容も非常に充実していて、歌舞伎やオペラについて自分なりの考察を述べている生徒や、“伝える”ことを意識して見せ方を工夫している生徒ばかりでした。また廊下には、音楽を含めた様々な教科の発表物が。学校全体で、日頃から生徒が主体的に考え表現する時間を大事にしているのだろうと納得しました。
撮影/タカセオフィス株式会社 有田純也 取材・文/株式会社オンソノ 鈴木康介
※取材の内容は2024年3月時点の情報です。
※掲載にあたり一部の図版を編集しております。
所在地:埼玉県久喜市
学校名:久喜市立菖蒲中学校
生徒数:424人
1クラスの人数:31人〜35人
特色:2022年に、菖蒲中学校と菖蒲南中学校を統合して設立された中学校。GIGAスクール構想が始まった当初から、統合に向けて二校合同の研修に取り組んだ結果として、高いICTの活用率を誇る。学区が広く、バス通学する生徒がいるのも特徴。