学校だからこそできる体験とは何か。
子どもたちが探究心を持って自ら学びを広げていく授業を目指して。
——埼玉県さいたま市立 桜木小学校
認めて育てる教育とICTの相互作用で
「自分の考えを伝えている」が63%から86%へ
2018年度よりさいたま市のパイロット校としてタブレット端末を導入して以来、日常的に活用してきた桜木小学校。現在では、教員も子どもたちも「端末をとにかく使ってみよう」というステージを終え、「各自が目的に応じて選択し使いこなせる」段階に入っています。校長の堺 数太先生、山内俊明先生(教務主任・GS /英語)、黒須直之先生(5年担任、算数・理科)、粟田 匠先生(6年担任、算数・理科)にお話をうかがいました。
ICTは「認めて育てる」教育との相性がいい
堺校長先生:
本校では2022年(令和4年)度の目指す学校像として「認めて育てる」教育を推進しています。子どもたちが頑張っている姿を認め、寄り添い、励ましながら育てる教育は、ICTととても相性がいいと思います。端末を活用することで教員が子どもたち一人ひとりに寄り添う機会が増えましたし、勉強が苦手だった子の学習意欲も上がっています。
桜木小学校は2018年度からさいたま市のICT活用のパイロット校となり、他の学校に先駆けて全校児童のおよそ3分の1(160台)のタブレットが配備されました。私が校長として赴任したのは2020年度ですが、その時にはすでに子どもたちがタブレットを自在に操作していたので本当に驚きました。
さらに、2021年度から3年間は「誰一人取り残さない」という理念のもと、「個別最適な学び」の研究指定を受けています。タブレット端末はこれまで授業に集中できなかった子も楽しく意欲的に使えますし、書くことが苦手でも打ち込みなら抵抗がないという子もいます。子どもたちはドリルパークなどに楽しそうに取り組んでいて、今では誰もが文房具のように当たり前に使いこなしています。タブレットは、学校になくてはならないものになっていますね。
「桜木小の先生たちはとても熱心で誇りに思います。学び合い、教え合い、協働的な学びを進めながら、子どもたちのためにスキルを高め合っています」と堺校長先生。
――タブレットによって子どもたちの学びはどのように変わったのでしょうか。
堺校長先生:
個別最適な学びと協働的な学びを両輪として回していますが、どちらの面でもメリットは大きいです。個別最適な学びとしては、一斉授業の際、ノートかタブレットどちらにまとめるかは各自で選択できるようにしています。ドリルパークは、基礎的な問題に何度も取り組むことも、どんどん新しい問題に進むこともできますから、自学自習として授業の余った時間に取り組んだり、宿題として活用したりしています。
端末を活用しながらノートをまとめる姿も。高学年はタイピングも速く、話を聞きながらメモをとることができる。
堺校長先生:
全校アンケートの「授業では自分で書いたり発言したりして自分の考えを伝えていますか」という項目で肯定的な答えは前回63%でしたが、2022年度は86%となりました。みんなの前で発言するのは抵抗がある子でも、タブレットで自分の意見をみんなに共有でき、応えてもらえる。そんな手応えもあるようです。
山内先生:
オクリンクを使えばクラス全員の文章を短時間で共有でき、さまざまな表現に触れられます。子どもたちは、あの子のように書いてみたいという思いを持って、難しい表現も自分で調べて使うようになり、結果的に語彙力も上がってきています。端末は毎日家庭に持ち帰っていますが、ブラインドタッチで文字を打ち込む子どもたちの様子を見て、保護者の方も驚いているようです。
タブレットは活動を促進しアイデアを実現できる便利な道具
――授業中は、どの教科でもアクティブラーニングが活発ですね。
山内先生:
市内の小中学校ではどこも積極的にアクティブラーニングを推進しています。本校は2018年度に「教育の情報化、ICT教育等」の研究指定校となりました。ICTを活用したアクティブラーニングについて、指導法の研究や授業展開例の作成、評価方法の検討などに取り組み、今ではほとんどの教科でアクティブラーニングを取り入れています。
例えば先ほど私が担当した「グローバル・スタディ(GS)」(市内全ての小中学校で「聞く」「話す」「読む」「書く」4つの技能をバランスよく学ぶ新しい英語教育GSを実施)の授業では、毎時間ドラマタイムなどもありますが、5年生の最後に英語劇発表会を行っています(共にさいたま市のカリキュラム)。
「ももたろう」をベースに、子どもたちがグループごとにオリジナルのキャラクターとストーリーを考え、英語劇を創り上げました。その過程でもグループ内で動画を撮って立ち位置や演技を確認したり、発表用の録画を子どもに提出してもらい、評価に活用したりしています。
学期末や年度末の授業では、一年の振り返りをオクリンクで提出する。英語劇の感想を記入する子どもたちも多い。
――算数では、実物に触れて手を動かしながらICTを活用していたのが印象的でした。
黒須先生:
与えられた問題を解くだけではなく、さまざまな体験を通して自分で実際にアプローチしながら考えることがとても大切です。今日は、5年生の算数で、正三角柱の展開図について問題を提示しました。「□つ面を加えて、展開図を完成させるクイズをつくろう」という問題です。さまざまな形を組み合わせ、平面・空間図形の理解を進める教具を使って1つ、2つなど面を減らした展開図を考えます。
黒須先生の算数の授業。実際に展開図をつくりながら考え、新しい展開図ができたら写真に撮って共有する。
黒須先生:
ノートに図を書いて考えている子もいますし、端末の画面上で展開図を作って考えている子もいました。中には、1面減らすのを忘れているグループもありましたが、授業が指導案通りに展開しなくても、「そうやって考えるんだね。すごく面白いね」と価値づけして認めた上で、子どもの意見や言葉を拾いながら、声をかけるようにしています。
今日学んだのは三角柱ですが、「じゃあ別の形はどうかな?」と子どもたちが探究心を持って自分で学びを広げていけるようになってほしい。与えられたものを解くだけでなく、自分が主体的な学習者になれる。そんな力を培いたいと思いながら、子どもたちと活動しています。
まだ見つかっていない展開図を見つけようと子どもたちは前のめりになって夢中で考える。
黒須先生:
一人1台端末は、活動の障壁をなくし、活動を促進するための便利な道具。考えの共有の効率化、調べものの効率化はかなりできるようになりましたし、世界も広がりました。子どもたちもできることがすごく広がって、授業についても柔軟に考えるきっかけになった。いろんなアイデアを実現できるツールですね。
教科担任制、ICT活用、アクティブラーニングの相互作用
――授業づくりではどんなことを大切にされていますか。
山内先生:
一番大事にしているのは、子どもたちが授業を見ているだけの「お客さん」にならないことです。特に高学年では、受験を視野に入れている子どもたちも当事者意識を持って、積極的に授業に参加したくなる仕組みづくりを意識しています。
粟田先生:
やはり、学校だからこそできる経験があるといいなと思います。知識を得ることは一人でもできますが、自分では思いつかないことも友達と話し合えば新しいアイデアが生まれますし、新しい解が見つけられることがある。協働して何かをする、そこで成功体験がある。オンラインが使えるようになったからリモート授業だけでいいのかというと、そうではないと思います。そのようなプロセスは、学習以外にも活かせると考えています。
粟田先生の算数の授業中、学校の中で円柱や角柱を探して写真を撮影。撮影した写真をその場で共有すると、先生がコメントを返してくれる。
山内先生:
授業のベースになることとして、学級経営もとても大事ですね。自分の意見を自信をもってみんなに伝えられるのは、その学校にさまざまな意見を認める土壌があるからです。子ども一人ひとりが自分の意見を述べて話し合い、お互いにより良いものを作り上げていく経験はこれからの社会に出た時にとても大切な力になるはずです。
堺校長先生:
目指す学校像である「認めて育てる」は、学級経営にも重要ですし、それができているからこそアクティブラーニングを円滑に進められます。教科担任制も進めているので、一人の子どもを多くの先生がよく見てくれています。
写真左から情報担当の粟田先生、教務主任の山内先生、エバンジェリストの黒須先生。さいたま市ではそれぞれの学校でICT教育推進を進める教員をエバンジェリストと呼ぶ。
堺校長先生:
子どもたち一人ひとりを尊重し、共感し、教員からていねいな言葉がけをする。悪いことをしてしまった子にも必ず共感し、その子の話に耳を傾ける。そうすることで、実際にヤンチャだった子もずいぶん変わってきました。「学校が楽しいですか」というアンケート項目には、97%が楽しいと答えています。
目指す学校像、教科担任制、ICT活用、アクティブラーニング——。それらが相互的に作用して、子どもたちがのびのびと育っているという手応えがあります。最近は若い教員が増えていますが、彼らは非常に柔軟性があり、一斉授業にとらわれることなく、アクティブラーニングや探求的な学びをいかに充実させるかという視点をもっている。これからも授業はどんどん新しく変化し続けると思います。
【編集後記】
東日本の主要都市を結ぶ大宮駅から徒歩圏内で、教育熱心な保護者も多い地域。子どもたちは集中するときはしっかり集中し、自己表現がとても豊かです。授業中、本筋からは少し外れた面白い意見などがあっても、先生はしっかりキャッチして認め、子ども同士でも励ましあう姿が見られます。子どもたちがのびのびと楽しみながら授業に取り組む様子が印象的でした。
撮影/株式会社 デザインオフィス・キャン 加藤武 取材・文/太田美由紀
※取材の内容は2023年3月時点の情報です。
※掲載にあたり一部の図版を編集しております。
所在地:埼玉県さいたま市
学校名:さいたま市立桜木小学校
児童数:490人
1クラスの人数:25人〜38人
特色:さいたま市のパイロット校として、2018年度より160台(児童のおよそ3分の1)のタブレット端末を導入。市では教科担任制も推進され、英語は市独自の「グローバル・スタディ(GS)」(市内全ての小中学校で「聞く」「話す」「読む」「書く」4つの技能をバランスよく学ぶ新しい英語教育)を実施。2021年からは「個別最適な学び」の研究指定を受けて実践中。