合言葉は“Done is better than perfect.”
日本の教育を変えるため、チャレンジを続けて参ります。

——さいたま市教育委員会 細田眞由美教育長

教育DXストーリー

ICTは「主体的・対話的で深い学び」に
魂を入れる武器であり、実現するためのツール

政令指定都市であるさいたま市は、公立の小中学校だけで168校に及びます。GIGAスクール構想をスムーズにスタートさせるため、民間の企業と連携し、ITのスペシャリストの力を借りて、インフラ整備やデジタル活用を促進してきたといいます。6,000人の教員全体のITリテラシーを高め、全校で端末利用を促すことができた理由とは? そのことで変化した学校の風景とは? 教育長の細田眞由美さんにお話をうかがいました。

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教育を変えるため、自前主義から脱却し民間の力を借りる

細田教育長:
私たちは、GIGAスクール構想によって学習指導要領にある「主体的・対話的で深い学び」に魂を入れる武器、実現するためのツールを手に入れることができました。義務教育段階の全ての子どもたちに一人一台端末を配備するという国の方針を知った当時は、これから教育が大きく変わっていくだろうと大変ワクワクしたことを覚えています。

 

ただ、本市には168校もの小中学校がありますから、課題は少なくありませんでした。高速大容量のインフラ整備をどのように行い、6,000人の教員、105,000人の子どもたちの教育活動にどのように落とし込んでいけばいいのか。教育委員会や教員たちは教育の専門家ではありますが、デジタルのプロフェッショナルではありません。さらに、政令指定都市であるといえども、このような大きなプロジェクトを動かしてきた経験もそれほどありませんでした。
 
さいたま市は規模が大きいため、教育を変えていくにはやはり仕組みが必要です。ICT導入にあたっては以下のような3つの特徴的な取り組みを行っています。



細田教育長:
1つ目がITスペシャリストの任用です。個人的に、学校教育は「教育は教員だけでやらねばならない」というような自前主義の呪縛から逃れられなかったという思いがありました。しかしそれでは限界があります。私たちの目的は、目の前の子どもたちに質の高い教育活動を提供することです。
 
そのために必要な技術やシステムは力を借りればいい。現在は多くの民間企業の力を借りながら最先端の授業を実現できていると思います。ICT導入時は、限られた予算の中ではありましたが、民間のITスペシャリスト4名に、非常勤特別職員としてこのプロジェクトに関わっていただくこととなりました。みなさん異口同音に「教育が大きく変わっていくその瞬間に立ちあいたい」と言ってくださいました。

――教育が変わることへの期待が感じられますね。

細田教育長:
その言葉は大変心強いものでした。そして、取り組みの2つ目に「エバンジェリスト」の配置があります。エバンジェリストとは伝道師のことで、IT業界ではITの最新技術をわかりやすく説明する人として使われます。
 
さいたま市では校長のリーダーシップのもと、学校の中心となり「教育DX」を推進してくれる人材をエバンジェリストとして募集しました。年齢や肩書きなどに関わらず、意欲のある教員に自主的に手を挙げてもらったところ、初年度は721人、次年度は801人が集まりました。ITリテラシーの高い若手の教員たちが中心で、平均年齢は30歳前後となりました。
 
ここで重要なことは、エバンジェリストたちの姿勢です。ITの使い方や便利な機能、情報などを提供するだけでなく、授業力のある熟練した先生と共に「デジタル機器を使って学び方・教え方をどのように変えていくか」を研究します。その結果、それぞれの学校にカスタマイズした形で校内研修がどんどん広がり、さいたま市内の全学校で、授業を加速度的に変えていくことができました。
 
また、これらと並行して3つ目の取り組みとして、CAN DO調査とVOD研修の実施があります。CAN DO調査で先生が個人的に自身のITリテラシーを見極めることができるようになり、ITを使用する際に苦手な部分やわからない部分についてはビデオオンデマンド(VOD)で自己研修することができるように環境を整えました。
 
つまり、教員自身が、ICTを使いながら個別最適な学びと協働的な学びを進めることができるようになったわけです。このような仕組みこそが、さいたま市がICTを取り入れながら授業を先進的なものに変えていくエンジンとなったと自負しています。

ICTで学びをリアルな社会につなげる


――学校では実際にどのような授業が行われているのでしょうか。

細田教育長:
私自身も実際に授業を見学して実感したことですが、この数年でさいたま市の学びの風景は大きく変化しました。
 
例えば、大砂土中学校2年生の理科では、カタクチイワシの解剖で胃の中をWebカメラを用いて顕微鏡で観察し、考察を行いました。デジタル化したワークシートにそれぞれが行った解剖の様子をオクリンクで動画編集をして添付し、クラスで共有しています。



細田教育長:
また、東大宮小学校5年生の社会では、「自然災害と共に生きる」というテーマで子どもたち一人ひとりが地震か風水害かを自己選択し、避難計画を立てました。子どもたちの中には、台風で避難所に避難した経験を持つ子もいて、自分自身の実体験に基づいて水害の際の避難計画を作成していました。
 
オクリンクなどを活用してプレゼンテーションのスライドを編集するのですが、その際に引用した場合には出典を掲載することなども学びます。社会に出てからも実践的に役立つ学びです。週末にそのスライドを用いて家族にプレゼンテーションを行い、家庭でも避難計画を共有し話し合って、さらにバージョンアップさせることもできます。子どもたちも、学びはリアルな社会とつながっていると実感したことでしょう。



細田教育長: 
さいたま市教育委員会では、授業をデザインする上で大事にしたいポイントを、「学びのポイント 〜じ・し・ゃ・ク〜」として発信しています。“自分で決める”、“思考する”、“やってみる”、そしてそれを“クラウド”で共有する。これらを意識して授業を組み立てることで、「個別最適」「協働的」「探究的」な学びの実現ができると考えています。



細田教育長 
このような指針を持ってICTを使うことで、教員は授業を組み立てる方向性がクリアになりますし、これらを実践することで、子どもたちはこれまで以上に集中し、意欲的に授業に取り組むようになっています。ドリルパークなどでの家庭学習においても、主体的に学ぶ姿勢が高まっているようです。

数値やデータを可視化することで心強いエビデンスに


細田教育長
また、さらに「さいたま市スマートスクールプロジェクト(SSSP)」として、「一人ひとりの可能性を最大限に引き出し、新たな価値を創造していく力をはぐくむ教育の実現」をビジョンに掲げてもう一歩動き出しています。
 
それぞれの端末を使用することで日々溜まっていくビッグデータの活用に向けて「スクールダッシュボード」の開発を進めています。これは、端末を利用しているかどうかを管理するためのものではなく、端末を使った効果的な学習やサポートを充実させていくための現場の先生の支援につながるものです。



例えば、さいたま市の学びのど真ん中にあるミライシードで言えば、ドリルパークやオクリンク、ムーブノートなどによる学習ログに加え、心や体の状態を天気のマークで記録するライフログとしても子どもたちのさまざまなデータが蓄積されています。これらを活用することで、教員は子どもたち一人ひとりの課題を早期に発見することができ、個別の指導や支援も細やかにできるようになります。そしてどのような対応をしたかをアシストログとして残すことができるのです。
 
これまで、いわゆる「勘と経験と根性」だけに頼っていた部分を実際の数値やデータで可視化していくことは、教員にとっては心強いエビデンスとなります。そして、6,000人の教員の経験の積み上げを参考にできるのは、本市の大きな強みになっていくはずです。質の高い働き方、そして子どもたちにとっての質の高い教育のために、良い循環を作っていきたいと考えています。
 
さいたま市は一つの基礎自治体ではありますが、このようなチャレンジを通して、子どもたちの学びや学校の風景を変えていくことを目指しています。日本の教育を変えていくために、“Done is better than perfect.(完璧を目指すよりまずやってみること/Facebookを立ち上げたマーク・ザッカーバーグ氏の言葉)”を合言葉に、これからもチャレンジを続けて参ります。

【編集後記】

細田教育長は、ICT化を進める中でも現場の先生方の思いに寄り添いながら子どもたちの学びを第一に考え、改革を進めるリーダーでした。民間とチームを組んでチャレンジを続ける取り組みは、さいたま市教育委員会が掲げるSSSPのビジョン「一人ひとりの可能性を最大限に引き出し、新たな価値を創造していく力をはぐくむ教育の実現」をまさに体現していらっしゃいました。

撮影/株式会社 デザインオフィス・キャン 加藤武 取材・文/太田美由紀

※取材の内容は2023年2月時点の情報です。
※掲載にあたり一部の図版を編集しております。

■さいたま市教育委員会プロフィール 
所在地:埼玉県さいたま市
学校数:小学校108校、中学校67校(令和3年度) 
児童・生徒数:小学校70,817人、中学校36,044人(令和3年度)
特色:「世界と向き合い未来の創り手として輝き続ける人」という人間像を目指し、3つのG(Grit「真の学力」の育成、Global「国際社会で活躍できる力」の育成、Growth「生涯学び続ける力」の育成)により、22世紀を見据えた教育施策を展開している。平成28年度より、全ての小中学校で9年間の一貫したカリキュラムで英語教育「グローバル・スタディ」を実施。
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