ICTは指導を深化させる手段。
子どもの学びに寄り添う方法を先生方と一緒に学んでいます。

——宮津市教育委員会

教育DXストーリー

“余白”をつくる働き方改革で
教員の主体的な活動とICT活用を推進

京都府宮津市では、2020年度から市内全小中学校のICT活用環境を整え、新しい教育の創造を目指して活動を展開してきました。2023年度からはさらに取り組みを進め、「子どもの学びの質をどう深めていくか」「そのために先生方の主体性をどう高めるか」をテーマとした施策を始めています。そこで今回は、宮津市教育委員会 事務局学校教育課の参事兼指導主事の井上裕介先生にお話をうかがいました。

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教師が“余白の時間”を持ってこそ子どもと向き合える

井上先生:
私は2022年度まで、宮津市立吉津小学校に勤務していました。同校では教務主任とICT主任を歴任し、「ICT活用」と「教員の働き方改革」の二つに注力しました。
 
「ICT活用」に関しては、京都府教育委員会主催の「エバンジェリスト育成研修」の受講をきっかけに意識が大きく変わりました。研修では、機器を実際に使いながら動画作成アプリの活用法などについてワークショップ形式で半年以上かけて学ぶ内容で、タブレットの有用性を強く実感できました。この研修の中ではICT企業の方々の講演を聴く機会もあったのですが、あるICT企業の方から「今の教育で、子どもたちは本当にVUCAの時代を生きていく力を身につけることができますか?」と問いかけられ、ハッとしたことを今も覚えています。
 
ただ当時は、教育現場の状況はまだ「ICTをいかに導入するか」といった入り口にとどまっていました。そこで、デジタル化を早く次の段階に進めたいと考え、2021年度にICT推進リーダー、また教務主任の専任になったことを一つのきっかけとして「いのすけチャンネル」というYouTubeチャンネル(限定公開)を始めました。研修などで学んだ知識をこまめにアウトプットし、先生方へ情報を発信する場をつくりたかったからです。「動画編集」や「オンライン会議」などふだんの生活や授業に取り入れやすいテーマで短い動画を作成し、毎日アップしました。
 

井上先生は現在、「いのすけチャンネルVersion2.0」で令和の日本型学校教育の具現化や、GIGAスクール構想実現に向けた取り組みを発信。

――吉津小学校における働き方改革とは?

「教員が忙しすぎる」とはよく言われるところですが、実際、余白の時間がないと「明日の授業をどうしよう?」といった目先の業務に追われるばかりで、見通しを持って子どもを導くことができません。また、ICTを教育活動に取り入れていくといっても、研修などが増えると先生方も「また負担が増えるのか」と感じ、モチベーション高く取り組むことができないのでは、という危惧もありました。その意味では、ICT導入と働き方改革はセットで進めることが不可欠だと私は考えていました。
 
働き方改革の取り組み自体は、教務主任になったときから始めていました。児童の下校時間を午後3時台に早めることで、教員の放課後の学級事務の時間を約1時間増加しました。現在では、午後3時台の下校は、市内の小学校全体に広がっています。
 
また毎週行っていた研修を月1回は学級事務として確保しました。月1回の研修では、事前に資料を配付しておいて当日は対話中心で進めるスタイルに変更しました。週1回の職員会議も「最長でも1時間」と区切りました。そのうえで、ICTスキルを校内の先生方に広めようと、放課後に毎日15分のミニ研修「クリエイティブタイム」も始めました。無理のない時間設定でICTスキルを学ぶ仕掛けをつくったため、「新しい授業スタイルに向けて学んでいこう」と意欲的に取り組んでいただくことができました。

ドリルパークを活用した「個別最適な学び」を学校全体で支援

井上先生
クリエイティブタイムでは、カメラアプリの活用法などから始めて、アナログをデジタルに置き換えるためのスキルを毎日少しずつ先生方と共有しました。続けているうちに「授業で使ってみました」と言ってくれる先生も増えてきて、学校全体に「ICTを活用しよう」という空気が広がってきたのです。ミライシードのドリルパークに関しても、使い方のアイデアを先生方とシェアし、多くの学年で活用するようになりました。

――ドリルパークのどんな機能に注目を?

私が特にすばらしいと感じたのは、算数の「学び直しドリル」です。高学年の算数の授業を担当していたので、6年生の授業内で「来年は卒業だから、学び直しドリルをすべてクリアしよう」と声がけし、1年かけて少しずつ取り組みました。さらに、6年分のドリルが終わった子には、中学1年生で学ぶ数学の範囲にも着手してもらいました。算数に興味のある子どもを中心に、どんどん進めて自分の世界を広げていったようです。吉津小ではもともと学年を超えた学びを推奨しており、自分の理解や興味・関心に合わせて学力を伸ばしていけるスタイルは非常に魅力的でした
 
また、ベネッセの「総合学力調査」とリンクした形で個別最適な学びが行える点にも注目しました。そもそも総合学力調査を吉津小で導入したのも、ドリルパークと連動した学びができることを知り、「せっかくだから試してみませんか?」と校内で提案したのがきっかけです。各学年では朝の授業開始前などに、学力調査でわかった学習項目の課題をドリルパークを活用して復習する取り組みを行っています。子どもたちは、一人ひとりの弱点に合わせた問題に楽しみながら取り組んでいます。画面に問題が1問ずつ出てくるスタイルなので、負担感を感じずに学ぶことができているようです。
 
子どもは基本的に「学びたい」という意思を持っていると私は信じています。最初はポイントをためることを目的に取り組んでいても、同じ問題に繰り返し取り組むうちに解けるようになり、成功体験をエンジンに、新たな学びに向かうようになります。ドリルパークは、子どもの意欲を後押しする存在といえるのではないでしょうか。

ドリルパークで自動生成される総合学力調査の結果に合わせた問題に取り組み、無理なく学力を高めている。
 
これまでの学校教育は、「全員に理解させること」に重点を置きがちでした。しかしこの方法だと、すでに理解できている子どもに「待ち」の時間ができてしまいます。また、例えば漢字を習得するなら、本来は見て覚えても声を出して覚えてもよいはずなのに、「何回も書いて覚える」など限られた方法を押しつけがちです。しかし今後は、同じ空間の中にいても一人ひとりが違う方法で、それぞれの課題に取り組む状態が当たり前になっていくと私は感じます。その意味でドリルパークは、学びに向かう気持ちを解放する一つのきっかけになると期待しています。

「デジタル化をどう進めるか」「どんなツールを使うか」の先へ

井上先生
2023年度から、宮津市教育委員会の学校教育課へ異動し、教育委員会の立場からICT活用の推進に取り組んでいます。宮津市では、「宮津の新たな教育の創造」をテーマに、就学前から中学卒業までの10年間における系統立てた教育を推進してきました。2023年度からは「宮津の新たな教育の創造Version2.0学びの時代へ」として、「学びの質をいかに高めるか」にフォーカスした取り組みに着手しました。
 
その一環として2023年7月に立ち上げたのが、「宮津市学びの深化プロジェクト研修」(TEAM GALAPAGOS)です。幼稚園・保育園から中学校、校長先生から事務職員まで、教育に関わる方々を対象としたプロジェクトで、チームでICT活用を学びながら「子どもたちの学びの深化」を目指しています。先生方は「自分の失敗で子どもたちに不利益を及ぼしてはいけない」と考えていますが、この場では、どんどん失敗してもらいながら学んでほしいと思っています。活動中の動画は「いのすけチャンネル」でも公開しているので、ほかの先生方にも見ていただき、「子どもに教える」から「教員と子どもが一緒に学ぶ」へとマインドチェンジをはかるきっかけにしていただければうれしいですね。


多様性を生かし、個別最適な学びと協働的な学びの実現を目指して、チームガラパゴスを設立。

――今後、宮津市として目指す教育のあり方は?

子どもの学びを深化させるにあたっては、ICT活用は不可欠です。現状ではまだ「デジタル化をどのように進めるか」「どのツールを使えばよいか」といった方法論がフォーカスされがちですが、宮津市は早くから教職員に向けてICT活用に関する研修を積極的に進めており、「子どもの学びに寄り添うために、ICTを手段としてどのように使うか」という方向性にシフトできている、と吉津小勤務時代から感じていました。私自身も、「ICT利活用を前提として、子ども達の学びをどのようにデザインしていくのか」というよい流れをさらに推進できるよう、TEAM GALAPAGOSなどの活動を通じて先生方の主体性を引き出す取り組みに力を入れていきます。

【編集後記】

ICT活用を超えた今後の教育について、熱く語ってくださった井上先生。小学校勤務時代からの実践を生かし、例えば「タブレット学習にはやはりペンが必要」と感じたらすぐ市内の小中学校全体に導入を検討するなど、経験に裏打ちされた施策でICT活用を推進する姿が印象的でした。

撮影/株式会社 デザインオフィス・キャン 兒嶋彰 取材・文/橫堀夏代

※取材の内容は2023年6月時点の情報です。
※掲載にあたり一部の図版を編集しております。

■宮津市教育委員会プロフィール
所在地:京都府宮津市
学校数:小学校6校、中学校2校(令和4年度) 
児童・生徒数:小学校667人、中学校287人(令和4年度)
特色:宮津市教育委員会は2020年度、GIGA スクール構想の実現に向けて市内全小中学校の児童・生徒へのタブレット配備やWi-Fi 環境整備、教職員に向けたICT活用の研修を実践。2021年度からの2年間は、「宮津の新しい教育の創造」をテーマに小中一貫教育を推進してきた。2023年度からは「宮津の新たな教育の創造Version2.0学びの時代へ」をテーマに、ICTを手段として活用しながら個別最適な学び・協働的な学びの具現化に向けて取り組んでいる。
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