生徒たちがそれぞれの思いで
学びに踏み切っている。その様子がよくわかります。
——石川県 白山市立笠間中学校
“余韻が残る”『学び合い』の授業を通じて
社会に出てから本当に役立つ力を育成する
協働的な学習を実現した授業は「余韻が残る」。そしてその授業の実現に、ICTが欠かせない。そう話すのは、白山市立笠間中学校校長の佐竹康弘先生です。笠間中学校は現在、学校研究を「主体的・対話的で、自分の思いや考えを深められ授業づくり ~ICTを活用した効果的な学習活動を通じて~」と設定して、理科の浅見拓真先生を中心に、『学び合い』をテーマにした、ICTを深く活用したユニークな授業をどんどん生み出しています。
どのような思いで活用を進めているのか、また具体的にどんな授業を行われているのか、佐竹康弘校長先生、研究主任の福田茜先生、そして浅見拓真先生にお話を伺いました。
ICTを効果的に活用できた授業は、“余韻”が残る
佐竹校長先生:
校長室に飾られている額縁の詩は、66年前に卒業したOBの岩井さんが中学生の時に書いたものです。以来、本校の伝統の1つとして大事にされています。この詩にもあるように、本校の生徒は昔から「土の子」と呼ばれています。田畑の中にポツンと立った学校の中で、実直に、真面目に、何事にもコツコツ取り組む。そういう伝統を持った学校です。
第6期の卒業生である岩井さんが書かれた、「土の子」の詩。
もう1つの伝統は、在校生・卒業生の母校愛がとても強いことです。実は本校がDX化に舵を取り始めたきっかけも、同窓会の影響からでした。
本校が創立70周年を迎えた2021年、「これからはICTの時代だから」ということで、同窓会が全教室に設置する大型モニターを寄贈してくれたのです。同時に、当時の同窓会の会長さんが非常に教育熱心な方で、校訓を「自立・協働・創造」へと改訂することを提言されました。これは国の教育振興基本計画に示されている3つの理念と一致する文言であり、GIGAスクールの推進も重視しています。私が着任した翌2022年には、学校教育目標を「主体的に学び、心豊かで創造性に満ちた生徒の育成」と校訓によりリンクした表現に変えました。そして、学校研究の副題に~ICTを活用した効果的な学習活動を通じて~という表現を書き加えて取り組んでいます。
——先生は「ICTを活用した効果的な学習活動」について、具体的にICTがどのような効果をもたらすと捉えられていますか。
佐竹校長先生:
一つはゼロがイチになる、つまりできなかったことができるようになるというメリット。次に、時間面での効率化。例えば、瞬時に生徒の考えを交流できることは、思考を共有し、広めたり深めたりすることに圧倒的に効果があります。
そして重要なのが、授業の「余韻」が見とりやすくなるという点です。余韻とは、授業中や授業が終わったときに子どもたちが見せる、「できた」「わかった」「楽しかった」という瞬間的な達成感のことです。本来授業というものは、子どもたちのこうした反応を見極めながら進め、授業内で修正を加えたり、次の授業改善につなげたりするべきものです。しかし、毎回の授業をその都度深く掘り下げることは、教員にとっても生徒にとっても時間的な負担となります。ICTを取り入れた授業の工夫により、授業中や授業が終わったときの余韻が見とりやすくなりますし、教員が生徒の余韻を十分に感じとれた使い方が効果的な活用であると捉えています。
「余韻が残るから、授業をどんどん改善していける」と話す佐竹校長先生。
——学校全体としては、ICTによる授業実践をどのように進められていますか。
佐竹校長先生:
ICTの全般的な活用法についてはGIGA推進リーダーの浅見先生に、研究主題を個々の授業にどう落とし込むかについては研究主任の福田先生を中心に、それぞれ研究を進めてもらっています。「ICTでこういうことができますよ」というのを検討するのが浅見先生で、「であればそれぞれの教科ではどんな授業ができますか」と先生方に呼びかけ、具体的な工夫を推進する役割が福田先生です。
福田先生:
私は英語の教員なのですが、今日もちょうどムーブノートを使った授業を行ったところでした。後置修飾の文法を使って、英語のクイズをつくって共有しようというワークです。
同じ文法を学んだとしても、どういった動詞をつくって英文をつくるかは生徒によって違います。それからまったく同じ答えの問題だとしても、やっぱり文章は変わります。そしてムーブノートを使うと、友達がどんな文章を書いているか、クラス全員の考えがさっとわかります。だから友達の文章を見ながら「こんな書き方をすればいいんだ」「こう表現すればいいんだ」と学びを得やすいですし、友達に見せるつもりで書くのでどの子も意欲的に取り組んでいました。
佐竹校長先生:
いわゆる「味見カンニング」ですね。カンニングというとマイナスのイメージがあるかもしれませんが、それで自分の考えが先に進むのですから、私は全然問題ないと思います。
——ほかの先生方においても、ICTの活用は広がっているのでしょうか。
福田先生:
すでに端末やアプリケーションの活用には慣れていますし、みんなが同じ使い方をするのではなく、自分ごととして工夫した使われ方をする先生が増えている印象です。
規模の小さな学校ですので、必然的に職員室でも「それ使ってみたいんだけど、どうすればいい?」とか、「どうやるの?」と、日常的に、かつ自然発生的に小さな研修が行われているのもよかったのでしょう。
まずは納得してもらう。そのうえで、『学び合い』に向かってもらう。
——理科の浅見先生は授業実践においても、進んだ取り組みをされていると伺っています。
佐竹校長先生:
前任校でもミライシードを活用されていましたし、ICTの活用という点で本校の取り組みをリードしてくれています。
——授業ではどのようなことを大切にされていますか。
浅見先生:
一言で表すなら、『学び合い』です。今の時代、知識を吸収するだけならインターネットで簡単にできます。なら逆に学校だからこそできることは何かというと、不特定多数の仲間となにかをすることだと考えています。
社会に出ると、いろいろな役割の人と協力しながら、同じ目的やゴールに向かって走ることになります。その練習ができるのが学校だと私は思います。得意なことで誰かを助けて、苦手なことは誰かに助けてもらう。それを練習する場が学校だから、理科の授業は『学び合い』ベースで進めるよと、生徒たちにも頻繁に話しています。なにか特別な知識をつけるために『学び合い』をするというよりは、学び合う力を身につけること自体を目的に授業を行っていると考えてもらえるとよいでしょう。
校内で特に進んだ授業を展開されている浅見先生。2022年度のミライシードアワードにエントリーした。
——生徒たちを『学び合い』に向かわせるポイントは?
浅見先生:
生徒たちに『学び合い』の重要性を理解してもらうことですね。「学校は得意なことで誰かを助けて、苦手なことは誰かに助けてもらう練習をする場所。それって、スポーツでも、趣味でも、勉強でも使えるよね。それに高校生になってからも、大人になってからも、助け合いは続くから、今から練習しよう」と、何回も口酸っぱく話します。大人もそうですが、腹落ちしてやっと、じゃあやってみようかと思えますから。
もちろん、『学び合い』はシンプルに得なのだと、メリットについても伝えています。情報の伝達は知識のレベルが似ている人同士のほうが行いやすいです。例えば私と生徒より、生徒同士のほうが話を理解しやすい。同時に、ただ話を聞くときに比べて、人に教えるほうが知識はずっと定着しやすいんです。だから『学び合い』は教わる側にも、教える側にも大きなメリットがあります。
——『学び合い』とICTの相性はいかがでしょうか。
浅見先生:
とてもよいですね。オクリンクはまさに学び合うためのツールです。校長先生も話していたとおりですが、「味見カンニング」でみんなの考えが瞬時にわかる。だからわからないとき、誰に質問すればよいかもすぐにわかる。一人ひとりに聞いて回らなくてよいわけですから、情報伝達のスピードが格段に上がります。
今日行った2年生の消化酵素の授業でも、オクリンクを活用しました。消化酵素について理解するために、実物を見せながら、「なぜこのパイナップルのゼリーは固まらなかったのか」の答えをオクリンクで一人ひとり提出してもらいました。提出するまでの過程は自由で、誰に聞いてもよいし、席を離れてもよい。教科書を見たり、理科室の資料集を使ったりしてもよい。話し合い自体は強制していません。ただ、それでも多くの生徒が周りの仲間と話したり、「あの子に聞きに行こう」と席の離れた仲間のところへ行って質問したりしていました。それもオクリンクによる味見カンニングがベースにあって、誰に聞けばよいかがわかっているからでしょう。
浅見先生の授業見学の様子。声の大きな子が話しつづけるのではなく、一人ひとりの生徒が対等に話し合っている、きちんとコミュニケーションを取っている印象が強かった。
『学び合い』の授業が、学習意欲もテストの点数も向上させる
——生徒たちの『学び合い』の様子はいかがでしょうか。
浅見先生:
今受け持っている子ども生徒たちは今年度から『学び合い』を始めたのですが、すぐに慣れてくれましたね。私の授業はもちろん、5月の時点で、数学の先生から「私の授業でも、授業中に教えたり聞いたりしていたよ」と話していました。自発的に学び合いをしてくれているのだとわかって、うれしかったですね。
佐竹校長先生:
浅見先生の授業を見ていると、生徒たちがそれぞれの思いで学びに踏み切っているのがよくわかります。自分のことを考えたい子は席で静かに勉強しますし、質問したい子は誰かに聞きに行く。学び方がフリーなのですよ。
——学習への影響はいかがでしょうか。
浅見先生:
『学び合い』の成果ははっきり出ています。授業の内容理解はもちろん、学習の姿勢に関してもポジティブな結果が得られて満足しています。
——学び合いをこれからどのように発展させていきたいか、展望をお聞かせください。
浅見先生:
今の『学び合い』は授業単位でしか行えていません。本当は単元単位、つまりもっと長いスパンで学習のねらいや課題を考えさせたいです。ただ理科の授業の場合、実験で劇薬や生物を扱う関係で、安全に配慮するとなかなか単元単位で生徒の自主性に任せるのは難しいところもあります。今アイデアがあるわけではありませんが、他の地域にこうした取り組みをしている先生がいるとは聞いていますので、授業の組み立てから大きく見直して、将来的にできるようになればと思っています。
【編集後記】
浅見先生は今、小中学校でのICT活用を深めるための北陸コミュニティ*でも中心的な役割を担っているそうです。コミュニティでは小学校や大学の先生、それから大学生など、様々な人の様々な実践から、授業づくりの刺激を受けているとか。先生自身が『学び合い』を大切にされているから、生徒が主体的・協働的になれる『学び合い』の授業がつくれるのだろうなと、改めて感じました。
*オクリンクやムーブノートの活用、アナログとデジタルの使い分け方など、ミライシードとICTの活用について先生同士が議論する「しゃべり場ミライシード」のこと。
撮影/株式会社 デザインオフィス・キャン 加藤武
取材・文/株式会社オンソノ 鈴木康介
※取材の内容は2023年10月時点の情報です。
※掲載にあたり一部の図版を編集しております。
所在地:石川県白山市
学校名:白山市立笠間中学校
生徒数:269人
1クラスの人数:27~33人
特色:設立から72年目を迎えた地域の伝統校。学校研究を「主体的・対話的で、自分の思いや考えを深められ授業づくり ~ICTを活用した効果的な学習活動を通じて~」と設定している。また、同窓生との結びつきが強く、同窓会長からの提案で校訓を改訂したことも。