ルールを押しつけるのではなく、
子どもの悩みに寄り添い、
一緒に解決することを大事にしました。
——滋賀県彦根市立稲枝東小学校
丁寧に児童へ 寄り添う“学習の土台づくり”で
低学年におけるICT活用の可能性を開く
低学年におけるICTの活用は難しい。そんな固定観念を覆す取り組みを進めているのが、彦根市立稲枝東小学校です。取り組みの中心となった平岩先生は、2023年度に異動してきたばかり。それも前任校では6年生の担任でした。
そんな平岩先生が、1年生でのICT活用を進めるうえで心がけたのは、子どもに寄り添った学習の土台づくりでした。どのように進められたのか、他の先生方との協働や、これまでの学校全体の取り組みも含めて、北村校長先生、平岩先生、尾田先生にお話を伺いました。
児童が得意を発揮し、“居場所”を見つけられる学校づくり
——貴校がめざす教育のビジョンをお聞かせください。
北村校長先生:
本校がめざす学校教育目標は「心豊かで 自ら学ぶ 未来にたくましく生きる子どもの育成」です。これから子どもたちが生きる時代、つまり未来は激動の時代です。その時代に、自らの意思を示しながら生きていける子どもの育成をめざして、「智」「徳」「体」の調和が取れた教育の推進を掲げています。
この「智」とは、いわゆる確かな学力であり、この力を育むためのツールとして、ICTを活用した学習活動の充実に力を入れてきました。この3年間、ずっと課題としてきたのが、ICTを使った「子どもたちの居場所づくり」です。子どもたちには一人ひとりに得意・苦手があります。発言が得意な子もいれば苦手な子もいますし、運動が得意な子もいれば苦手な子もいます。学校の中で居場所をつくるにあたって重要なのは、その得意を発揮して、「やった!」「できた!」と自信を高めることでしょう。
これまでも、子どもたち一人ひとりが自身の得意を発揮できるよう、校内の環境を整えてきました。例えば本校には「縦割り活動」という学年を越えた交流活動があるのですが、そこでは上級生が下級生を様々な形でサポートしています。ですから、GIGA端末が届いたときも、何かしらの形で、これらの端末が子どもたちの居場所づくりに生かせないかと考えました。
——GIGAスクール構想から3年が経った今、ICTの活用状況はいかがでしょうか。
北村校長先生:
確実に深まりました。具体的な例として、2022年度と2023年度に実施した、児童アンケートの結果を紹介します。
このアンケートでは、「コンピュータなどのICTを、どの程度活用しましたか」という設問を設けました。2022年度は、「ほぼ毎日活用した」と回答した子が31%、「週に1回以上活用した」と回答した子が45%を占めており、合わせて76%でした。次に2023年度の結果ですが、同じ設問で「ほぼ毎日活用した」と回答した子は48%、「週に1回以上活用した」と回答した子は50%であり、合わせて98%の児童がICTを日常的に活用していると答えました。
——活用していると答えた児童 が大幅に増えたようですが、何が要因でしょうか。
北村校長先生:
本校は規模が小さく、かつ若手の先生が多い学校です。もともと校内研究や公開授業は頻繁に行われていて、先生方自身が新しい授業づくりに積極的に取り組む風土がありました。そこにリーダーシップを取って、学校全体にICTの活用を広げてくれる先生、つまり平岩先生が来てくれたことが、取り組みの勢いを大いに伸ばしてくれたのでしょう。平岩先生は積極的に研修会を開いてくれましたし、「GIGA通信」「GIGA SCHOOL通信」といった、ICTの活用に関する学校通信もたくさん発行してくれました。
尾田先生:
平岩先生は本当にいつもいろんな先生に質問されていますね。大人気です。もちろん私も、同学年を担任していることもあって「こういうのってできるの?」とよく聞いています。
本校はもともと教員間のコミュニケーションが活発な学校で、トップダウンで教えてもらうというよりは、草の根的に、教員間で学び合う文化が強いと思います。
成功のポイントは、子どもを中心にした学習の土台づくりにあった
平岩先生の授業の様子。算数の授業で、オクリンクを使ったプログラミング学習に取り組んだ。
——平岩先生は1年生を担任されています。今日は算数の授業で、オクリンクを使ったプログラミング学習の授業を見学させていただきました。授業の設計についてお聞かせください。
平岩先生:
授業を受けた子の中で、プログラミングという言葉を知っている児童は半分にも満たないと思います。その子たちに向けて、「プログラミングとは何か」を少しでも分かってもらい、楽しんでもらうことが今回のねらいでした。
授業を簡単におさらいすると、まず子どもたちと「ロボットに指示を与えて、子犬を助けよう」というめあてを設定しました。次に、みんなで例題をもとに、「右向く」「左向く」など、ロボットへの指示の与え方を考えました。このとき、児童に起立させ、ロボットと同じように体を動かしてもらいました。
それからオクリンクで問題が書かれたカードを各児童に送り、解けたらその都度提出BOXに提出してもらいながら、時間内に解けるだけ問題を解いてもらいました。また、最後はグループに分かれて相談し、児童数名に問題の解き方を発表してもらいました。
——授業を拝見して、指示がなくても子どもたちが端末にログインし、コピー&ペーストやスクリーンショットを当たり前のように使いこなしている姿に驚きました。
平岩先生:
私は前任校で6年生の担任とICT主任を受け持っていましたが 、他の先生から「1年生はローマ字入力ができないから、活用が進まない」という話をよく聞いていました。 それを聞いて、納得しつつも同時に、歯がゆい気持ちを抱いていました。というのも、好奇心が強い低学年だからこそ、はじめてのことばかりでも前向きに学習を続けることができる、また、 端末操作のスキルをどんどん獲得し、学習の幅を広げられるのではないかと感じていたからです。
本校に異動し、1年生の担任を持たせてもらえることになりました。まず取り組んだのが、“子どもを中心にした学びの土台づくり”です。そのために事前に端末を活用するうえで児童がつまずきそうなところを予想し、対策を行いました。例えば、ログインの仕方を書いたカードをつくったり、操作の手順を掲示物で示したりしました。同じように、授業中に「絵が上手に描けないから、イラストを貼りたい!」と言われ、「ここから持ってくることもできるよ」とコピー&ペーストを教えました。「カードにもっと文字を書きたい」という児童にはフリック入力を教えたこともありました。また、子どもたちと一緒になって、「た・こ・や・き」からなる 端末を使うときの約束ごとを考えたりもしました。
実際に使用したたこやきの掲示物
大事なのは、こちらからルールを押しつけることではなく、あくまで子どもたちの困り感や「もっと~したい」という意欲を軸にして、一緒になって解決方法を考えること。もちろんある程度、このタイミングでこのスキルを教えたいという計画は立てています。ただ、ICTの操作はゴールではなく、あくまで手段のひとつです。1年生の児童だからこそ、めあてに合わせてしっかりと「書く」や「話す」活動に力を入れていました。そのため、端末操作を教えるのに、時間を使ったのは、ログインやシャットダウンの仕方を教えた最初の1時間だけなんです。指導者がつけたい力をブレずにもち、学習方法を吟味することで、児童はこちらが驚くようなスピードでスキルを身につけるだけでなく、着実に学ぶ力を伸ばしてくれたのだと思います。
先生も、保護者も。みんなが同じ目線で子どもを支える
——平岩先生は他の先生方に向けて、ICTの活用方法や参考になるサイトを紹介する「GIGA通信」も発行されています。なぜ学校通信にも力を入れられているのですか。
平岩先生:
先にお伝えしておくと、実はゼロからつくっているわけではありません。前任校で作成したものをアレンジしているところもあるので、極端に時間がかかっているわけではないんです。
力を入れている理由ですが、先生方に自信を持って、「それくらいなら私にもできそうだ」とICTの活用に向けて前向きになってほしかったからです。 そのためには、ICTの活用方法や子どもたちの変化を知ってもらうことが必要でした。新しいことを始めようとすると、どうしても勇気がいります。だからこそ、最初から多くを求めるのではなく、そのハードルを下げること、そして活用に向けての具体的な道筋を用意することで「やってみようかな」と思ってもらえると考えました。ちなみに本校のスローガンは「I(いや待てよ)C(ちょっと使おう)T(タブレット)」でした。
——先生方からの反響はいかがですか。
平岩先生:
ありがたいことに、たくさんの先生が目を通してくれているみたいです。中にはファイリングしていると話していた先生もいますし、管理職の先生からも「わかりやすい」とほめていただいたこともありました。
——掲載する内容はどのように考えられているのですか。
平岩先生:
授業づくりと同じで、先生方の困り感を中心に考えています。職員室で持ちかけられた相談や、実際に困っていらっしゃること の解決方法をなるべく載せていますね。また自分自身が「これは難しいな」とか、「これをやってみたら面白かった」という実践も積極的に紹介しています。オクリンクのアップデート情報ももちろん載せています。
特に尾田先生とは、ICTに限らずいろんな話をしています。1年生の担任として児童の接し方や指導の仕方など、教わることが多く、話している中で思いついたことを、GIGA通信に載せたりもしています。だから私だけではなく、尾田先生と共同して執筆したようなものです。
尾田先生:
GIGA通信を出す前に見せてくれるんですよ。次はこういうことを載せようと思っていますって。だから得な立場です。
平岩先生と尾田先生。平岩先生も、1年生への指導内容は尾田先生に相談することが多いそう。
平岩先生:
実は、保護者の方向けに「GIGA SCHOOL通信」も発行しています。端末の授業が増えました。また、社会の変化に合わせて、情報モラルの指導が必要な場面もあります。だからこそ学校で何をしているのかを知ってもらう必要があります。ただ「お願いします」と協力を仰ぐのではなく、ご理解をいただいたうえで、保護者の方と一緒になって、児童を見守っていきたいと考えました。
北村校長先生:
「GIGA SCHOOL通信」は保護者の方にも好評です。それもあって、保護者の方向けのアンケートでも、「学校はICTを活用した学習の実施に努めている」と答えてくれた方が、前期・後期ともに約90%に上りました。
平岩先生:
いろいろお話させていただきましたが、どれも私一人でできたものではありません。思い起こすと活用を広げるために、指導者の端末情報が載っているICTやパスポートを配ったり、活用強化週間をつくったり、ICT掲示板を準備したりしました。その取り組みをする上で、いつも尾田先生には相談に乗ってもらっていますし、管理職の先生方も後押しをしてくれています。他の先生方も「活用してみた」「これよかった!」と温かい言葉をかけてくれます。ICT支援員さんや教育委員会からの方に支えられている場面もたくさんあります。また、保護者の方も、同じ方向を見てくれています。本当に、たくさんのお力添えがあって、成り立っている取り組みです。感謝しかありません。
これから先、私がめざしているのは、さらにこのつながりを広げていくこと。具体的には、稲枝ブロックの学校や、他県の学校とのつながりをつくって、ICTの活用方法を共有したり、児童同士の交流の場をつくったりできないかと考えています。ICTなら、オンラインで離れている人とつながれます。そのメリットを生かして、子どもたちの可能性をさらに広げられる大きな輪をつくっていきたいです。
【編集後記】
平岩先生の授業では、子どもたちが生き生きと、楽しそうに学んでいるのが印象的でした。また、操作に行き詰まった子がいても他の児童が助けてあげたり、早く問題が解けた子は別の子に教えに行ったりと、子どもたち同士の協働がたくさん見られたのも素敵でした。それも日頃から一方通行に教えるのではなく、児童が考える授業づくりを心がけられているからでしょう。我々も、「子どもの頃にこんな授業を受けたかった」とついこぼしてしまいました。
撮影/株式会社 デザインオフィス・キャン 加藤武
取材・文/株式会社オンソノ 鈴木康介
※取材の内容は2024年3月時点の情報です。
※掲載にあたり一部の図版を編集しております。
所在地:滋賀県彦根市
学校名:彦根市立稲枝東小学校
児童数:345人
1クラスの人数:31人〜35人
特色:「心豊かで 自ら学ぶ 未来にたくましく生きる子どもの育成」を学校教育目標に、「智」「徳」「体」の調和の取れた教育の推進に力を入れる小学校。低学年でも端末の活用が進められており、1年生の児童らも、アンケート上で「線や矢印が貼り付けられる」「カードの色を変えられる」など、様々な基本的操作ができると自信を持って答えている。