「わかった」「できた」×
「わくわく」「ドキドキ」
新設された「デジタル科」が目指す、
子どもの思いや願いを生かした
深い学びの実現
——石川県金沢市立扇台小学校
「わかった」「できた」×
「わくわく」「ドキドキ」
新設された「デジタル科」が目指す、
子どもの思いや願いを生かした深い学びの実現
金沢市教育委員会では、令和7年度より「新金沢型学校教育モデル」の実践がスタート。その中で、プログラミング学習やデータの活用などを小1から中3の9年間を通して学習する「デジタル科」を新設されました。「デジタル社会との向き合い方を主体的に考える基礎力」を養成することを目指して、プログラミング学習やデータの活用などをカリキュラムに盛り込んでいます。授業は月に2~3回。市が作成したカリキュラムを元に、各学校ではICT支援員が実践のサポートに入っています。推進校での取り組みの成果とともに、デジタル科が目指すことについて、諸江真美校長先生、教務主任西村学先生、研究主任松本桃子先生、デジタル科の実践を推進している中田理恵先生、西納玲菜先生そして金沢市教育委員会大井山指導主事にお話をうかがいました。
「新金沢型学校教育モデル」における「デジタル科」
——金沢市教育委員会として「デジタル科」を設置した意図を教えてください。

大井山指導主事:
今年度から始まった「新金沢型学校教育モデル」は、「デジタル力」「読解力」「コミュニケーション力」の3つの力を基盤に、探究的な学びを通して、新しい価値や最適解を見出す「創造力」を育むことを目指しています。
「デジタル力」は、「自分やみんなのことを考えてICTを使う」「生活の中で上手にICTを使う」「深く広く学習するためにICTを使う」など、主体的にデジタル社会と関わる力です。「デジタル力」育成のために、文部科学省の授業時間数特例校制度等を活用し、デジタル科を新設しました。
デジタル科の内容は、大きく4つで、
①プログラミング学習の充実
➁データ活用探究学習
➂デジタル・シティズンシップ教育の充実
➃先端技術体験
小学校では、先端技術体験以外の内容を実施しています。

諸江校長先生:
正直なところ、デジタル科が始まった当初は先生方の戸惑いが大きかったです。推進校になったものの、いきなりデジタル科の授業を授業者が実施するのはハードルが高く、もともとあった学校の研究課題とのすり合わせも必要でした。学校としてデジタル科をどう位置づけるのか、教務主任や研究主任、そして授業者の先生方がICT支援員とも連携して考えていき、探究的な学びのひとつとしてデジタル科のプログラミング学習があると位置付けたことで、ようやく学校全体として向き合えるようになりました。
4月から研修会も丁寧に実施してきましたし、先生方が「とにかくやらなければ!」という気持ちで工夫して授業に取り組んでくれています。金沢市教育委員会とICT支援員、そして先生方が一丸となって指導を検討し、子どもたちの実態に応じた授業が展開されています。子どもたちにはもちろん、先生方にとっても、このデジタル科は大きな意味があると、今は感じています。
——子どもたちにはどのような変化が見られていますか?

西納先生:
まずひとつは、意欲面での変化があります。
デジタル科では「こうしたらどうなるんだろう」「こんな風に動かしてみたい」と自分から手を動かすことが多く、子どもたちはその試行錯誤を楽しんでいるようです。できあがったプログラミングの作品を先生や友達に見せたりしている姿からは、自己表現をする場としても楽しんでいる様子がわかります。自分の力でできた、楽しんだという達成感が自信につながって、何事にも前向きに取り組んでいこうという気持ちが大きくなってきているようです。
もうひとつ、学び方の変化として協働的な学びが自然にクラス全体に広がっています。困っている友達に声をかけたり、一緒に考えたりする姿がよく見られるようになりました。
プログラミングは正解がひとつではないから、自然と「いっしょにやっていこう」「お互いに支え合おう」という気持ちがもてるのかもしれません。いっしょにやる中で自分に何ができるか、という視点で考えられるようになり、自分で学び方を見つけている姿が見られるようになりました。
それはデジタル科ではない教科にもよい影響になっていて、例えば音楽のリコーダー練習では、「こんなグループ練習をしたい」とか「運指の練習をもう一度したい」など、自分たちから「こんな学びをしたい」と言い出せるようになってきています。4月と比べて大きな変化です。

中田先生:
どの子も、デジタル科の授業には入り込んで輝いているという嬉しい驚きもあります。
デジタル科では、学んだことを生かせる場や学んだことを試行錯誤して取り組める時間が確保されています。それが子どもたちの意欲につながっていて、デジタル科で自信をもてたことが、自己肯定感、有用感につながっているのだと思います。
——デジタル科と他教科とのよい関わり合いはありますか?

西村先生:
プログラミング的思考は実生活で手順や段取りを考えたり、効率的な方法を考えたりすることにもつながる大切な力だと思います。
家庭科の授業では、例えばゆで卵を作るとき、指示をしなければ子どもたちは何も考えずに卵の個数に対して大きな鍋を選んだりします。これだと、必要以上の水を使うことになりますし、使用するエネルギーも大きくなります。他にも、4人にお茶を淹れる場合、子どもたちはそれぞれの座席に湯飲みを置き、一人ひとりに注いでいく様子が見られます。プログラミング的思考があるな…と感じる子は4つの湯飲みを一か所にまとめて注ぐほうが楽だと事前に気づきます。家庭科をしていると「家事」というのは決められた時間に決められたタスクをいかに効率的に行うかが重要だなと思います。これはプログラミング的思考と共通すると感じます。
このようにプログラミング的思考はみんなの日常生活とつながっており、その力をつけることは、みんなの生活をよりよく、豊かにすることになるよ、とわかりやすく伝えることができるのも、デジタルのよさだと感じています。
子どもたち同士だけでなく、先生同士も助け合い、認め合うことが自然になった

松本先生:
普段の授業で子どもたちは失敗を恐れるもので、挙手一つとっても自信がないと挙げないものですが、プログラミング学習では、当たり前のように失敗をします。「あー、できなかった。今度はこうやってみよう」と言ってやり直して、「あー、またできなかった。今度はこうしてみよう」とまたやり直す。何度失敗しても次は「こうしたらいいんじゃないか」と考えていくトライアンドエラーが自然です。そしてトライアンドエラーの中で、自分一人ではなくカバーし合える仲間がいて助け合うのが普通だという学び方ができています。この「失敗して当たり前」「何度でもやり直す」という空気が他の教科にもよい影響があると感じています。
プログラミング的思考を育てることはもちろんなのですが、それにとどまらない、協働的な人間らしい関わり合いができているのがデジタル科の授業です。
西村先生:
デジタル科が始まって、子どもを褒める機会が増えました。デジタル科は国語、算数などの教科の時間とはまったく異なる子どもが輝く時間でもあります。普段の授業ではあまり積極的に参加できない子が前のめりで授業に臨んでいたり試行錯誤をくり返したりしていて、時にはのめり込みすぎるのを制して話を聞くように促すことさえあります。今までの授業では引き出せなかった子どもたちのよさや学びへの主体的な気持ちを引き出せています。子どもたち同士が自然と助け合ったり認め合ったりしているのは、本当に嬉しいことです。
また、先生同士で褒め合うことがとても多くなりました。子どもたちだけでなく先生同士も助け合ったり認め合ったりできています。迷っている点や困っている点を率直に言い合える、本音を出せる風通しのよさが強まったと感じます。
教材研究も協力して楽しくおこなうICT支援員がいるからこそ実現できる授業がある
——デジタル科の授業を行うにあたってICT支援員とのかかわり方に変化はありましたか?

中田先生:
指導案検討、授業構想の段階から、ICT支援員も金沢市教育委員会も入って検討していくので、みんなで授業を作っているという感覚があります。授業に向けた案を出すと、支援員の荒木さんがそれを実現するための技術面でのサポートをしっかりしてくれるのがありがたいです。
西納先生:
プログラミングのわかりにくい概念をわかりやすく伝えるにはどうしたらいいだろうと考えて、シミュレーションの装置をつりたいと思いつつ途方にくれていたときも、荒木さんがアイディアをくれて、サポートに入ってくれました。わたしが思い描いたことを技術的にサポートし、授業研究も助けてくれています。
諸江校長先生:
デジタル科についても荒木さんが真ん中にいて教材研究を深めていただいている様子を校内でみかけます。新しい取り組みだからこそ大変なことも多いですが、荒木さんを中心に、先生方も楽しく学び合っている様子を職員室で見かけると嬉しいなと思っています。
荒木さん(ICT支援員):
先生方がみなさんとても真面目で熱心です。子どもたちに何をどう学ばせるかを真剣に考えていらっしゃいます。それに応えられるように、何をしたいのかをしっかり聞き出して、授業で実現できるようにサポートしていくように心がけています。子どもたちをいちばん知っているのは先生方なので、子どもたちのために必要なこともいちばんわかっていらっしゃいます。私は、とにかく先生方や子どもたちの「やりたい」という想いをカタチにできるように技術面でのアイディアを出していこうと思っています。

デジタル科が目指すデジタル人材の育成とは
——今後、デジタル科の活動をさらに発展していくとしたら、どういう方向性が考えられますか?
大井山指導主事:
次期学習指導要領に向けた中教審への諮問には、デジタル人材育成の強化が喫緊の課題として挙げられています。生成AIをはじめデジタル技術が飛躍的に発展する社会情勢において、本市のデジタル科の学習内容も、先端技術等に関わる内容を充実していくほか、情報モラルやメディアリテラシーの育成強化を図っていきたいと思っています。

諸江校長先生:
金沢市教育委員会の大井山指導主事には、指導案検討、授業実施、ふり返りと都度ご助言いただいています。デジタル科をきっかけに、授業構想の段階から、先生方とICT支援員が連携する体制が自然とできあがったことも、デジタル科のとてもよいところです。お互いに本音で語り合える関係性ができています。
関係性という点では、子どもたちのつながりもとてもよいものになっています。
これまではうまくいっていたのに、コンテストでエラーが出てしまった子がいたのですが、まわりの子どもたちが自然と声をかけたり、手伝ったりしていました。人を思うやさしさや助ける気持ちなども自然と育まれています。「みんなの笑顔のために自分で動くようになろう」という本校のめざす姿に近づいていると感じています。
学校は子どもたちに生きる力を身につけるためにある場所です。デジタル科が導入されたことで、その力が明確になってきました。社会に役立つ、生活に役立つという探究的な課題を大切にして実践を積み重ねていき、プログラミング的思考を育てるということにとどまらない、社会に出る前に身につけてほしいコミュニケーション力や協働性などを育てていきたいと思っています。
【編集後記】
プログラミング学習では、失敗を恐れずに何度も挑戦する姿や困っている仲間を自然と助け合う姿が見られるということが強く印象に残りました。「デジタル科」によって、子どもたちの主体性と協働的な学びが自然と成り立ち、子どもたちだけではなく、先生方の新たな気づきや成長につながっている。まさにこれからの時代に必要とされる力が育まれている現場の姿を見せていただきました。子どもたちと先生方と、ともに明るい笑顔とやる気に満ちた素敵な学校の未来が楽しみです。
撮影/株式会社 デザインオフィス・キャン 加藤武
文/栁沼希世子
※取材の内容は2025年7月時点の情報です。
※掲載にあたり一部の図版を編集しております。
所在地:石川県金沢市
学校名:金沢市立扇台小学校
特色:令和7・8年度 金沢市教育委員会指定 新金沢型学校教育モデル実践推進事業 デジタル科実践推進校。ユネスコスクールとして、豊かな自然と歴史に育まれた環境の中での自然を活かした体験学習や、地域の伝統文化に触れる機会を大切にしている。
