楽しい、悔しい、わからない、知りたい。
感情が動いたとき、それが学びの入口になる。

——八王子市立上柚木中学校 特別支援教室

教育DXストーリー

AIやICTツールで、生徒の気持ちや考えを言語化
成長へのアクションを促す、特別支援教室の試み

「特別支援教室」は、東京都が発達障害のある児童・生徒を支援するしくみの一つです。通常学級に在籍する自閉症、LD(学習障害)、ADHD(注意欠陥多動性障害)などの生徒が、週に1時間、原則1年間限定で通う教室で、主に個別指導を通じて、学習上、生活上の困難を改善します。この特別支援教室で、対話型AIをはじめとするICTを指導に活用しているのが、八王子市立上柚木中学校の中澤幸彦先生です。担当初年度の指導を振り返ってもらいました。

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AIとの対話で引き出される、知らない言葉、知らない自分


中澤先生

2023年度に本校に着任し、初めて特別支援教室の担当になったのですが、最初からAIを授業に取り入れようと思っていたわけではありません。生徒と関わるうちに相性のよさを感じ、生徒によっては6月頃から少しずつ使用し始めました。

中澤先生。前任校では保健体育の授業に自由進度学習を導入。会議記録のまとめ、教材や指導方法のアイデア出しなどの校務に対話型AIを使っていた。

——対話型AIを授業に活用し始めた理由をお聞かせください。
中澤先生
一つは時間です。八王子市の特別支援教室では原則、生徒1人につき個別授業・小集団授業がそれぞれ週1コマの指導の枠で、原則1年しか通えません(延長する場合もある)。生徒のペースは大切にしながらも、短時間で教育効果を高める手段があるのならば使いたいと考えました。
もう一つは心理的安全性です。教室の生徒たちは、思うように事を運べなかったり、自分の気持ちをうまく伝えられなかったりした日頃の経験から、人との関わりを苦手とする生徒が一定数います。その点、対話型AIは機械なので緊張や恥ずかしさを感じる必要がなく、断るときも遠慮がいりません。生徒たちが安心して自分を開示できるツールになりそうだと感じたのです。

——どのように活用したのでしょうか?
中澤先生
とても口数が少なく、消極的で自己肯定感の低い、ある生徒の例です。「何かをしてみたい」という自発的な気持ちを引きだそうと、5か月間かけた個別コーチングの過程で、「自分はなぜ読書が好きなのか」を私と一緒に考えていくうちに、「本の内容を、自分ごととして考えるのが楽しい」「ただ、なぜか満点と思う作品がない」「自分の考えを添えられる小説って面白そう。作ってみたい」というところにたどり着きました。

主人公である自分自身が理想の自分へと成長するストーリーをAIにつくらせるのですが、自身の理想の言語化が彼にとっては難しい。そこでAIに引き出してもらいます。「あなたはプロの小説家です。私は小説を書きます。主人公の私がなりたい自分になっていく小説を書きたいのですが、うまく表現できません。私に対する設問を複数設定し、私の考えを引き出してください」。

AIの質問に答えていくと、徐々に彼の理想像が具体的になります。答えが浮かびにくい質問については選択肢を提示させ、何度も問答を繰り返して小説が完成しました。その後もAIとの対話を通じて、周囲に理解してもらいたい特性や、自分自身でコントロールできることをまとめた「自分の取扱説明書」、自身の行動の指針となる「座右の銘」などを作成。一連の取り組みを通じ、自己表現に慣れた彼は、ほかの生徒と一緒に積極的にディスカッションしたり、冗談交じりに話し合いを進めたりできるまでになり、現在はユングの思想に興味を持ち、本を買って自己対話を繰り返して成長し続けています。



対話型AIを使って完成させた小説「四次元の教室」の表紙イメージ。これもAIを使って作成した。

——ほかの生徒でも、対話型AIを活用した指導例はありますか?
中澤先生
別の女子生徒は、AIとの対話でなりたい自分像を生成してイメージした後、「このような人物になりたいと考えている中学生女子の心理状態を心理学者として分析してください」と指示。AIが提示した、「保守的過ぎて人生に刺激がない」「影響力のある言葉を発する人物に憧れている」といった要素に思い当たる節があったようで、指摘を基に次の行動を考え始めました。

また別の生徒は、好きなものをテーマにマインドマップを作成しようとしたとき、記入したい内容はあっても言葉が出てきませんでした。そこでAIに、「なぜ私は○○が好きなのか、分析してほしい」と指示して、指摘を基に自己実現に向けて次の行動を考え始めました。


——AI活用のメリットと課題を教えてください。

中澤先生
漠然とした考えを言語化できます。人の手を借りず、端末を使って自分の言葉を紡げるようになれば、社会生活における自律が期待できます。そして、この言語化が、自己理解に役立ちます。コンプレックスや不得意なものが個性や長所にもなると気づき、次の行動への意欲がわいてきます。
また、AIの返答は、質問や指示の意図とずれていることがあります。これを修正する過程が、考えの伝え方、質問や表現の仕方のトレーニングになりました。
課題は、生徒に活用を任せきるのが難しい点でしょう。プロンプト(AIへの質問・依頼文)の作成にテクニックがいるほか、対話の方向性を適宜ファシリテートしないと生徒が当初の目的を見失いがちです。特別支援教室を退室した後も継続的にAIを使用していけば、より質問力(プロンプト力)は身につくとは思います。すべての教育活動において、問いを立てることや表現することは通ずるはずです。分析や、情報の整理、まとめる作業などはAIが担ってくれます。 これらの循環が定着していけば、生徒が実際に体験したり行動に移すことや、個別最適化が促進され、教員が時間をかけるべきところにかけられるようになっていきます。そうして令和の日本型の教育に向けて、より教員の存在は大切になると考えています。今は上手に教えるというよりも、心理的に寄り添い、内発的な動機を促すようなデザインとコーチングが求められていると思っています。

デジタル化が思考ツールの力を底上げし、使い方の幅を広げる

——対話型AI以外に使っているICTツールはありますか?
中澤先生
オクリンク上の思考ツールを、生徒の自己分析に活用しています。
部活動に悩みを抱えていたある生徒は、イメージマップとクラゲチャートを使って、ネガティブな感情の言語化を試みました。結果、宿題の圧迫感、人間関係の不安、対話の緊張などの原因を見つけられました。嫌な気持ちの正体が具体的になっただけでも、一定の精神的な落ち着きが得られたようです。感情を他者に説明する練習にもなりました。  

オクリンク内に用意されている「思考ツールテンプレート」を組み合わせて、自身の興味や気持ちを深掘りしていく。

——手書きで思考ツールを使うのとは何が違うのでしょうか?
中澤先生
生徒にとっては、タイピングである点が大きなメリットです。書字に困難を抱える生徒もおり、手で書かなくていい、何度も修正できるというだけで、心理的なハードルが格段に下がります。手書きでは回答がひと言で終わる生徒が、タイピングでは多弁になる例はよく見られます。
また、作成した文章やカードを複製できるので、「前回の取り組みを一部変更してやり直す」「テーマだけ変えて同じ取り組みを行う」といった授業をしやすく、テーマの深掘りや拡大もはかどるようになりました。

——教員にとってもメリットはありますか?
中澤先生
デジタルデータは紙に比べて、共有、蓄積が容易です。オクリンクなら、カードBOXへのアクセス権を設定するだけで、指導内容を在籍級の担任に伝えられます。担任は都合がよい時に確認すればよく、過去のカードから現在のカードに至る変化も読み取れます。

教科学習に、探究学習に、応用の可能性は無限大

——教科学習にも役立つICTツールの使い方はありますか?
中澤先生
教科学習の補填は特別支援教室による指導の対象外ですが、学習に向かう姿勢づくりをサポートする過程で、教科とのかかわりも出てきます。
自身が好きなものに関するAIとの対話が、教科学習の入口になる例が多々ありました。歯ブラシが気になるという生徒とAIとの対話では、「昔は何の毛を使っていたのか」との疑問が歴史を調べる意欲に、「虫歯ってなんでできるの?」との疑問が理科への関心につながりました。オクリンクでは、英語が苦手な原因を、思考ツールの座標軸やクラゲチャートで探った生徒がいました。

分析の結果、生徒は、英語が苦手な原因は読み方がわからないからであると気づく。カタカナで読み方を書く工夫により、英語への抵抗感が減少したそうだ。

——「学び直し」の概念についても教えているそうですね。
中澤先生
つまずきを周囲に説明できない、気づかない、恥ずかしい等、様々な要因で、教室のほとんどの生徒に学習の遅れが見られます。そこで、ドリルパークを使って学び直しの方法を指導しています。
生徒は小学校の内容から順に解き、ひとまず自力で理解に努めます。すぐに理解できなければ、時間をかけて考えるか、解答に添えられている解説をAIにかみ砕いて解説してもらい自力で理解に努める。それでもだめなら教員に相談するなど学び方を自分で判断します。1回の問題量が少ないので、つまずきがある単元を見つけやすく、できなかったときの挫折感も小さい点が、教室の生徒には適しています。自律を目指して、自分で興味関心から問いを立て、課題を設定し、学ぶ力を身に着けながらも、人やテクノロジーに頼ることができる力にもつながる取り組みだと考えています。

——生徒たちに変化は見られましたか?
中澤先生
つまずきを自分で克服した経験は、学習に対する前向きな姿勢につながっています。10分ごとに休憩を挟んだり、学習の環境を調整したりと、受け持つ全員が、自分なりの学習スタイルを見つけられました。ドリルパークの学習状況は各教科の先生に共有されるので、学校全体としての生徒理解にも貢献しました。
特別支援教室に通う1年間ですべての遅れは取り戻せませんが、退室後の学習でつまずいたときに、自分で対処する、あるいは上手に人に頼れるようになってほしいと思っています。


1年間の学びの集大成として、ある生徒が電子黒板に描いたイラスト。自身の成長の分岐点や、暗闇を抜けて希望に向かう様子が表現されているという。

——先生の一連の取り組みは、通常学級にも応用できそうでしょうか?
中澤先生
特別支援教室のような50分すべてを個別指導は難しいですが、応用の可能性は充分にありそうです。対話型AIやICTツールは、考えや心情の言語化に適したツールです。感想文をまとめる、キャリア教育の一環として自分を知るといった取り組みに力を発揮すると思います。活動の振り返りや自己理解に役立つ点は、特別支援教室と同じでしょう。対話型AI、思考ツール、ドリルパークを使った教科学習についても、同様の取り組みができるのではないでしょうか。ICTなどテクノロジーを駆使し、個別最適化された授業で生徒の学びが自走されれば、支援を要する生徒に時間をかけられるはずです。
特に対話型AIによる実践は、興味が学びにつながる点で、探究学習と同じ構造をもっています。探究学習では問いの設定に苦労する現場が多いと聞きますが、そのサポートに役立つように感じます。

——AIやICTツールを使う際のコツがあれば教えてください。
中澤先生
最も重要なのは導入部分。「AIやICTを使って何かをしよう」ではなく、まずは本人から「○○をしてみたい」という意欲を引き出す必要があります。自身の動機に基づき、選択や決定は自身が行い、現実の行動に生かす「当事者意識」を持たせてから、端末に向かわせています。学習効果を高める最高の要素は、知りたい、やってみたい、成長したい思いです。「成長するって楽しいことなんだよ」と、生徒には毎時間言い聞かせています。

【編集後記】

たとえば本文中の歯ブラシの事例。生徒がAIと対話し始めた段階では、中澤先生にも話の行方は見えていません。質問と返答を繰り返し、結果的に行き着いた先の一つが、理科でした。こうして「結果的に」教科に行き着くと、「さあ理科を勉強しよう」と言っても乗らない生徒が身を乗り出す事例が、特別支援教室ではよくあるそうです。興味を学問へと結びつけるこの流れは、探究学習がめざすところそのもの。通常学級の先生方にも、大いにヒントにしていただけるお話が伺えました。

撮影/株式会社 デザインオフィス・キャン 兒嶋彰
取材・文/株式会社オンソノ 児山雄介

※取材の内容は2024年3月時点の情報です。
※掲載にあたり一部の図版を編集しております。

■学校プロフィール
所在地:東京都八王子市
学校名:八王子市立上柚木中学校
生徒数:262人
1クラスの人数:31人〜35人(特別支援教室は15人)
特色:校訓「自己決定・自己実現」に基づき、生徒一人ひとりが自分の興味と能力を理解し、自分の進路(生き方)を見つけ出せるよう支援する。特別支援教育にも力を入れており、「特定の生徒だけの支援ではない」との考えのもと、校内では「個別支援」という言葉を使用している。
  • 中学校
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