導入事例

「教員研修体系を受講者視点で再構築」

POINT
  • 自分に必要な研修を見いだせるよう、教育委員会が「教員等資質向上指標」でキャリア別の資質を示した上で、キャリアステージや領域別の研修一覧を分かりやすく対応させる。
  • 英語4技能の伸びを客観的な指標で測り、英語指導経験の少ない教師の力を伸ばす員の課題をくんだ環境整備や体制の充実を図る
KEYWORD
  • 総合学力調査
  • GTEC
  • 教員研修
  • 英語指導力の向上

さいたま市では、教員が自ら課題を分析し、あるべき対応策を考え、行動に移せる力を高めようと教育委員会が実施する研修の再編・拡充を進めている。さらに、小学校英語の教科化など、新しい教育課題に対して、教員が抱く不安を解消し、主体的に挑戦できる環境を整えることにも力を注いでいる。
※本記事でご紹介する情報は取材時(2018年5月)時点のものです。

研修体系の再構築

目指すのは「主体的・対話的で深い学び」を参加者自身が経験できる研修

他の自治体と同様に教員の世代交代が急速に進むさいたま市。指導技術の継承が重要な課題であるとともに、教員には、新学習指導要領で示された資質・能力の育成を図るための指導方法を身につけることが求められている。教員の指導力向上を図るためのさいたま市の基本方針について、学校教育部教育研究所の千葉裕所長は次のように語る。

「教育を取り巻く環境の変化は激しく、今後も新しい課題が次々と出てくることでしょう。それに対して、教育委員会がノウハウを一つひとつ示すのではなく、自ら課題を分析し、対応策を考え、行動に移す力を教員一人ひとりが身につけることが必要だと捉えています」

そうした考えの下、さいたま市教育委員会(以下、さいたま市教委)では、教員研修を抜本的に見直してきた。目指すのは、知識伝授型ではなく、グループワークや対話を多く取り入れ、参加者が主体的・対話的で深い学びを経験できる研修だ。目的は、授業力や学校運営ノウハウといった研修課題の習得だけではない。教員が一生学び続けたいと思える素地の涵養だ。

学校教育部教育研究所の安島俊之研修係長は、次のように説明する。
「研修でグループワークを経験した教員が、その手法を自校に持ち帰って実践することで、指導技術の継承だけでなく、学校全体の同僚性を高められると期待しています。同僚性は、学校がチームとなって教育活動を行うために、また教員の早期離職・休職を防ぐためにも大切です」

教員が主体的に適切な研修を選べる「キャリアnavi」

教員等資質向上指標(キャリアnavi【教論】)

研修では、教員の主体性を引き出せるよう、今抱えている課題やニーズに対応したテーマ、自己の成長につながることを実感できるようなテーマを設定している。

再編された研修の内容を具体的に見ていこう。希望研修は、教員公務員特例法で指定都市等に策定が務づけられた「教員等資質向上指標」と関連させるようにした。

まず、「教員等資質向上指標」は、「児童生徒理解」「学級経営」「授業力」など7項目について、キャリアステージごとにどのような資質が求められているかを明示し、「キャリアnavi」と名づけて全教員に配布(図1)。それとともに、7項目に関して市教委が行う希望及び校長推薦の研修一覧をつくり、自身のキャリアステージと身につけておくべき資質とを照らし合わせて、どの研修を受ければよいかが分かるようにした。例えば、「自分は中堅期の教員として、『授業力』は水準に達しているが、『学級経営』に課題がある」と判断した場合、一覧の中から中堅期向けの学級経営に関する研修を選ぶなど、今の自分が抱えている課題や、将来への見通しを持ちながら、研修を主体的に選べるようにした。

「作成に協力した校長会の先生の意見を取り入れて、敬遠されがちな『育成指標』という言葉を使わず、『資質向上指標(キャリアnavi)』と名づけました。また、先生方が指標の内容を理解して、自身の資質の向上に役立ててもらえるよう、具体的で短く、分かりやすい表現を心がけました」(安島研修係長)

研修の目的と受講者の状況を踏まえてプログラムを工夫

5年経験者研修では、幼児保育体験を行う。特に小学校教員にとって、児童が入学前にどのような教育を受けているのかを学ぶ機会となっている。

希望研修については、研修に参加できない教員のために、一部の研修では関連する資料を校務用パソコンで見られるようにしている。一方、義務研修である年次研修には、教員の同僚性を高めるための工夫を随所に盛り込んだ。例えば、2年経験者研修では、あえて初任者研修時の研修班と同じメンバーでグループワークをさせるようにした。

「若手教員が1人で悩んで孤立することがないよう、研修をきっかけに悩みや課題を共有し、励まし合える関係を同期同士で築いてほしいと考えています」(安島研修係長)

初任者と10年経験者が合同で行う「メンター研修」では、グループワークなどを通じて、初任者は10年経験者から教員としてのあるべき姿を学び、10年経験者は初任者と話す中でミドルリーダーとしての自覚を高めてもらうねらいがある。

教職歴に応じて、学んでほしいことも工夫している。例えば、5年経験者研修では、就学前の子どもの発達段階を学ぶために、幼稚園や保育所での体験研修を行っている。また、10年経験者研修では、民間企業での就業体験研修を行うなど、教員の視野を広げることを目的とした研修を盛り込んでいる。

養成・採用段階から準備研修を実施

2018年度には、さいたま市の教員志望の大学生を対象とした「あすなろプロジェクト」を始めた。同事業は3段階に分かれ、まず1年生以上を対象にした「大学生のための教育体験活動」では、アシスタント・ティーチャーとしての活動や「教師力」パワーアップ講座への参加などを通して学校の教育活動を体験したり、現職教員と学んだりする。

次に、3年生等対象の「さいたま市教師塾『夢』講座」では、さいたま市の教員志望の応募者から約30人を選抜。全13回の講座を通じて、市の学校教育の現状や展望、教員の職務について理解を深めていく。そして、「新卒者アプローチ研修」では、教員採用試験合格者や臨時的任用教員登録者のうち新卒となる学生を対象に、教員の心得や社会人のマナーなど、教壇に立つための直前準備研修を行う。

同事業のねらいは、市の教員として働くことへの学生の夢や思いを育み、また、教員に必要な資質を確実に身につけてもらうことにある。高い志や資質を備えた教員が採用されることは、早期離職を防ぐだけでなく、市全体の学校教育力の底上げにもつながると考えている。

指導主事のファシリテーション力が研修成果を左右する

さいたま市教委では様々な研修を行っているが、もう1つ重要視しているのが、研修担当者となる指導主事のファシリテーション力だ。研修で行うグループワークや討論をどれだけ充実させられるかは、指導主事の力量によるところが大きい。

「本市では、指導主事が市内の全学校を訪問し、すべての教員の授業を参観した上で、指導や助言をしたり、教員間でディスカッションをする場を設けたりしています。研修と同様、そこでも求められるのは、指導主事の指導力やファシリテーション力です。指導主事自身が研さんを積める取り組みについても、今後充実させたいと考えています」(千葉所長)

英語指導力向上の工夫

小1から教科として英語を指導する「グローバル・スタディ」

さいたま市教委では、新学習指導要領における小学校英語の教科化を視野に入れ、 2016年度、すべての市立小・中学校に、小学1年生から教科として英語教育を展開する「グローバル・スタディ」を導入した。2018年度の年間授業時数は、小学校では1年生が34時間、2年生35時間、3・4年生70時間、5・6年生105時間、中学校では、新学習指導要領に示されている英語科の授業時数より17時間多い、157時間だ。小・中9年間で児童・生徒の「聞く・話す・読む・書く」の英語4技能をバランスよく伸ばすことで、グローバル社会で主体的に行動できる人材の育成を目指している。

英語指導経験がない教員をいかに支援するか

「グローバル・スタディ」導入に際して大きな課題となったのは、英語指導の経験がない小学校教員への支援だ。また、中学校では、英語4技能を伸ばす活用を中心とした授業にするためのノウハウの蓄積が課題だった。そこで、さいたま市教委では、2015年度、小学校3校、中学校2校をモデル校に指定して先行実施し、そこで成功した授業展開や指導方法をモデルとして全小・中学校に共有した上で、翌年全校実施とした。そのねらいを、学校教育部指導1課の辻美由紀国際教育係長は次のように説明する。

「先生方の不安や戸惑いを取り除こうと、先行実施をして、指導ノウハウの蓄積に努めました。そして、全校実施後には、取り組みを進める中で出てきた悩みや疑問について、丁寧な支援を心がけています。今ではモデル校以外からも優れた実践事例や改善提案が数多く挙げられており、研修などを通して共有しています。現場を支えつつも、現場とともによりよいアイデアを出し合い、一緒に新しい教科をつくっていくという姿勢で臨んでいます」

現場の声が詰まった指導資料を作成し改訂を重ねる

「グローバル・スタディ」の「教師用指導資料」も作成した。この資料集には1コマごとの授業展開案や、4技能を伸ばすための具体的な活動のアイデア、児童・生徒に取り組ませるプリントなどが収録されている。教材・教科書とも連動し、例えば、中学校の教科書で世界遺産について学ぶ単元では、地元の文化財について調べて発表するといった活動案が示されている。同冊子に収録されているプリントを教員が自由にアレンジして使えるよう、文書ファイルも配布した。

学校教育部の加藤英教主任指導主事は次のように語る。 「『教師用指導資料』は現在3版で、改訂時には先生方に集まってもらって、改善点を聞き、それらを反映させました。より使いやすい資料とするために、現場の声に耳を傾けることを大切にしています」

年2回開催されるグローバル・スタディ科主任会や、夏季休業中に希望者を対象に行われる研修会は、授業で直面しやすい問題の解決方法や、優れた実践事例に関する情報などを教員間で共有する場としている。

「有益な研修とするためには、現場の教員にとって、いかに必要性の高い情報を提供できるかがポイントになると考え、研修内容も工夫しています」(辻国際教育係長)

グローバル・スタディ科担当の指導主事は、小学校では3年に1回、中学校では2年に1回の頻度で、全教員の授業を参観し、指導や助言を行っている。学校現場に深く入り込んでいるからこそ、教員が今抱えている問題意識を把握でき、研修では、その問題意識に合致したテーマや内容を取り上げられるといえる。

「GTEC」を評価指標や作問のヒントに活用

グローバル・スタディ科主任研修会において、中学校教員を対象に実施された分科会の様子。2018年度から実施される(GTEC)に関する説明が行われた。どのようなテストなのかを体験してもらおうと、参加した教員にタブレット端末のデモ画面を操作してもらった。

今後の課題は、2018年度から一部の小学校で始まった専科教員と担任、ALTとの連携だ。小学校では、担任とALT・非常勤講師とのチーム・ティーチング(以下、TT)で授業が行われてきたが、今後、TTによる授業と専科教員による授業をどのように組み合わせれば、最も教育効果が高まるのかを検証しなければならない。さいたま市教委では、これまで同様に現場の状況をつぶさに見て、現場の声を聞きながら、新しい授業スタイルを教員と一緒に構築していきたいと考えている。

一方、中学校では2018年度から、中学2年生を対象にベネッセの英語検定試験「GTEC」が導入される。

「これまでは、『グローバル・スタディ』で英語4技能をバランスよく伸ばすことができているかを、客観的に評価する指標がありませんでした。「GTEC」の結果から、教員は生徒の状況を正確に把握し、それを授業改善に生かしてほしいと考えています。また、「GTEC」の出題内容や評価方法を知ることは、英語のパフォーマンステストの作問や評価のヒントにもなります」(加藤主任指導主事)

導入にあたって、まず5月に、各校のグローバル・スタディ科主任を対象に実施した説明会で、「GTEC」導入のねらいやテストの内容を説明。英語4技能の力を測るとともに、それを授業改善に生かすための結果分析も重視していることなどが強調された。また、4技能のうち、タブレット端末を用いて行われるスピーキングテストについては、どのようなテストかを体験してもらった(写真2)。6月には2回目の説明会を開催し、検定実施時に用いるタブレット端末の扱い方など、より実務的な説明を行い、実施にあたっての不安を解消する考えだ。

「先生方には『グローバル・スタディ』という新しい取り組みに、自分たちで創意工夫をしながら、主体性を持って挑戦してほしいと考えています。そのための環境整備や支援は、今後も惜しまずに行っていきたいと思います」(辻国際教育係長)