導入事例

「主体的・対話的で深い学び」を実現する
「戸田型PBL」

POINT
  • PBLの進め方の指針と、子ども主導で活動を進めるための授業づくりを、教育委員会が支援
  • 企業や大学、研究所と連携した情報提供などで社会の変化を実感させ、教員の意識改革を図る
KEYWORD
  • ミライシード
  • アクティブ・ラーニング
  • プロジェクト型学習

埼玉県戸田市は、これからの社会で求められる資質・能力を「21世紀型スキル」「汎用的スキル」「非認知スキル」とし、その育成に向け、主体的・対話的で深い学びの視点で指導改善を図ってきた。2019年度は、さらなる改善を目的に、子供が主体的に問題解決に取り組むPBLを取り入れた授業づくりを推進している。

戸田市教育委員会の取り組み

埼玉県南東部に位置し、荒川を挟んで東京都と隣接する戸田市。ここ数年、首都圏で人気が高まっているまちの1つだ。人口増加率は県内1位で、住民の平均年齢は県内で最も若い40.5歳。子育て世代を中心に人口の社会増を続ける要因の1つに、教育施策の充実が挙げられる。「生き生きと共に育む教育のまち戸田」を基本理念に掲げ、来るべきAI時代には「AIを活用できる能力」や「AIに代替できない能力」が必要とし、「21世紀型スキル」「汎用的スキル」「非認知スキル」の育成を重視。主体的・対話的で深い学びの視点からの授業改善、ICT環境の整備、小学校英語のいち早い教科化、プログラミング教育の実施など、様々な施策を産官学で推進してきた。

アクティブ・ラーニングの指導用ルーブリックを作成

2019年度版戸田市の教育改革の取り組み

2019年度もその方針を継続し、5つの柱で施策を展開している(図1)。「主体的・対話的で深い学び」に関しては、2016年度から文部科学省の研究指定を受けて、実践研究を重ねてきた。

2017年度は、各校の実践成果を基に、授業を自己・他者評価する際の視点を「アクティブ・ラーニング指導用ルーブリック(以下、指導用ルーブリック)」としてまとめ、全教員に配布。翌年から運用を開始した(図2)。戸田市教育委員会(以下、市教委)教育政策室の布瀬川裕貴指導主事は、そのねらいを次のように説明する。

「アクティブ・ラーニングは、これまでも力のある教員を中心に実現されてきたものです。しかし、今、豊かな経験を持つベテランに代わり若い教員が増える中で、改めてアクティブ・ラーニングの視点に基づく授業改善が必要不可欠です。そこで、指導用ルーブリックを作成し、これまでの授業のどこを見直せばよいのかを示しました。ただ、これはあくまでも例であり、先生方でどんどん工夫してほしいと説明していますし、ルーブリックも毎年改訂しています」

埼玉県南東部に位置し、荒川を挟んで東京都と隣接する戸田市。ここ数年、首都圏で人気が高まっているまちの1つだ。人口増加率は県内1位で、住民の平均年齢は県内で最も若い40.5歳。子育て世代を中心に人口の社会増を続ける要因の1つに、教育施策の充実が挙げられる。「生き生きと共に育む教育のまち戸田」を基本理念に掲げ、来るべきAI時代には「AIを活用できる能力」や「AIに代替できない能力」が必要とし、「21世紀型スキル」「汎用的スキル」「非認知スキル」の育成を重視。主体的・対

また、よい指導の要素を明らかにするため、「埼玉県学力・学習状況調査」の結果から子どもの学力を伸ばしていた教員36人(各校2人)に聞き取り調査を行った。すると、指導用ルーブリックの5項目の中で最も重視されていたのは、「目指すべき目標・評価規準の設定等」だった。教育政策室の水沼美和指導主事は、次のように語る。

「指導力の高い教員は、授業や単元ごとに明確な目標とそれに対応した評価規準を設定していることなどが分かりました。そこで、今年度は、そうした授業づくりのポイントを研修や学校訪問等で広めています。目指すべき指導がエビデンス(根拠)に基づいて可視化されたことで、先生方は進むべき方向性が分かります。若手教員や他市から異動してきた教員の授業づくりの指針にもなっています」

基本型を例示した上で現場教員と一緒に授業をつくる

戸田型PBL(プロジェクト型学習)の授業づくりの例

2019年度からは、主体的・対話的で深い学びを実現する手法の1つとして、「戸田型PBL(プロジェクト型学習)」を推進している。

「これからの地域や日本、世界で活躍する人材に求められる資質・能力を考えると、社会への貢献意欲や探究心、社会に価値を生み出すための課題解決能力や創造力などが挙げられます。それらの資質・能力を育むためには、子どもが主体的に、仲間と協力しながらプロジェクトに取り組み、問題を解決するPBLが最適だと考えました」(布瀬川指導主事)

推進に際しては、PBLの考え方や活動の類型、学習効果を高めるポイント、授業づくりの基本型(図3)を例示。各校では、担当の指導主事が教員と一緒に授業づくりを行う。水沼指導主事が担当したのは、同市立喜沢小学校だ。同校は、4年生の「総合的な学習の時間」で地域の課題解決をテーマにPBLを進めている(具体的な取り組みは「喜沢小学校の実践」参照)。

「同校の担当教員は元同僚であり、率直に意見を交わしながら指導案を作成しました。留意した点は、テーマである地域の課題にいきなり取り組ませるのではなく、まず身の回りの課題に目を向けて、段階的に考えさせることです。そこで、教科の授業と連携させたプレ・アクティビティ(単元を理解するための活動)を提案しました」(水沼指導主事)

課題設定の工夫でPBLが「子ども主導」に

また、課題設定後、すぐに解決策を考えるのではなく、問題の背景を探る重要性も伝えた。PBLの目的は、解決策の発表にたどり着くことだけではなく、子どもが課題に深く向き合うことにもあるからだ。そのために、「子ども主導の活動」をPBLのポイントの1つに挙げている。

「子どもが主体的に取り組むためには、課題の解決策も子ども自身が考えることが重要です。子ども主導で進めた結果、解決策が成功せずに1年が終わったとしても、それも学びの1つと捉えています。教員は子どもに成功体験を積ませたいと考えるものですが、人生には失敗する時もあります。どこで、なぜ失敗したのかを子ども自身に振り返らせ、次の活動や学年に生かすことで、学びが深まると考えています」(水沼指導主事)

PBLの評価は、ポートフォリオや成果物、パフォーマンスなどを総合的に見る。中でも、子どもが次のステップに進むための形成的な評価が、最も大切になると捉えている。また、教科横断で進めるPBLでは、学校全体・学年全体で指導計画を立てる必要がある。特に、教科担任制の中学校では、教科を超えた教員間の連携が問われる。

「中学校教員のPBL研修会で、教科混合のグループで授業づくりをしたところ、専門性を生かしたアイデアがたくさん出てきました。中学校では教員個々の専門性を生かした質の高いPBLが可能であり、そのためにカリキュラム・マネジメントが重要であることを各校に働きかけていきます」(布瀬川指導主事)

民間の力も使ってPBLの質を高める

市教委では、主体的・対話的で深い学びやPBLなどの重点事項を冊子「指導の重点・主な施策」にまとめ、毎年、全教員に配布。授業づくりの際に参照できるようにした。教員の自主研究も支援する。希望者が自由に参加できる「教科研究等研究グループ」を、月1回程度、戸田市立教育センターで実施している。教科ごとの部会のほかに、プログラミング教育、リーディングスキル、イノベーション教育など、全部で13の部会があり、136人の研究員が所属。学校種を超えて小・中の教員が一緒に授業づくりを考えることで、様々な情報や刺激を得て、指導力を向上させる場としている。産官学連携も、同市の教育施策における重要なポイントだ。ベネッセや様々な企業・大学・研究機関から専門的な知見を得て、教育活動の質を高め、その実践から得たデータを連携先に還元して、Win-Winの関係を築いている。

また、市教委では、学校からの要望に応じて連携先に講師の派遣などを依頼したり、連携先から講師を招いた研修を頻繁に開き、最新情報を直接教員に届けたりしている。

「社会で求められる資質・能力とは何かを企業で働く人が語ると、指導主事が説明するよりも説得力があり、先生方はリアリティーを持って受け止められます。様々な分野の専門家の講演を何度も聴くことで、社会が今後どのように変わるのかを次第に理解し、『指導を変えなければならない。そのためにPBLを行うのだ』と、学校全体の意識が変化しつつあります」(布瀬川指導主事)

今後も、市教委と学校が協力して戸田型PBLの実践研究を進めていく。

「PBLが本格的に導入され、地域や企業との連携も進み、文字通り、社会に開かれた教育課程が動き始めました。子どもたちに求められている資質・能力は、学校教育だけでなく社会全体で育てていくべきものです。地域や企業などを巻き込む役割を教育委員会や学校が担い、より質の高い教育活動を築いていきたいと思います」(水沼指導主事)

「総合的な学習の時間」を中心にPBLを実践

4年生の「みんな仲良し きざわっ子プロジェクト」の単元計画

戸田市立喜沢小学校は、2019年度から、市教委が推進する「戸田型PBL」を、4年生の「総合的な学習の時間」を中心に行ってきた。4年生担任の福田裕美先生は、市教委の水沼指導主事と話し合いながら指導計画を立て、単元のめあてを、「地域の課題を自分事として捉え、自分の力で改善する活動を提案し、実行する」と設定。「戸田型PBL」に示された流れを基本としつつ、アクティビティの際に重要となる多様性の理解と対話の姿勢を掘り起こすプログラムを最初に取り入れた。「プレ・アクティビティ」には、視覚障がい者が登場する国語の題材を通して、身の回りの多様な人たちの問題の解決方法を提案する、ミニPBLを行うことにした。そして、「メイン・アクティビティ」では、個人ワーク、グループワークの順に行い、考えが段階的に深まるようにした(図4)。

「地域の課題の前に、身の回りの課題に目を向けさせようとしたところ、国語に適切な単元がありました。9月に行う単元でしたが、順番を入れ替えて5月に扱うことにしました。さらに、前段階として、まちには高齢者や障がい者、外国人など、多様な人が生活していることに気づかせようと、市が連携するNPOのプログラムを取り入れました」(福田先生)

柔軟に考え、まずやってみる

授業は、子どもの様子に応じて単元計画を随時変更しながら進めた。
「水沼指導主事から『失敗してもよいので、まずは実践しましょう』と言われ、気負いがなくなりました。型にはめずに柔軟に考え、子どもに必要な活動をタイミングを逃さずに行うことを意識しました」(福田先生)

例えば、導入として行ったプログラムは、どのような相手でも分け隔てなく受け入れる大切さを実感させることを目的としていたが、予想以上に子どもたちのレディネスや対話力があることが分かったため、当初の予定を短縮した。同校では、1年生から話し合い活動を取り入れ、通常学級と特別支援学級とが交流する特別活動に長年取り組んできたため、子どもたちには既にそうした資質・能力が備わっていた。

主幹教諭の伊藤裕二先生は、次のように語る。
「特別活動などにより、どの学級も学習基盤が整っていることで、学びにも意欲的に取り組めることが、本校の子どもたちの特徴です。その強みが、PBLで生きています」ほかにも、障がい者への関心の高まりを受けて、パラリンピック出場者の講話と車椅子体験を、予定を早めて実施。障がい者とじかに触れ合った子どもたちは、「目の見えない人や車椅子の人はどうやってボウリングをするのか」などと自分の生活と結びつけ、課題に目を向けていった。また、水沼指導主事から「独りよがりにならないために、他者からの批評が重要」という助言を受け、福田先生は算数や社会などの授業でも子ども同士の批評を意図的に行わせた。

「『パワーアップアドバイス』と名づけ、もっとよくするためにアドバイスをし合おうと子どもたちに投げかけました。回数を重ねるごとに批評の観点が鋭くなり、例えば、PBLの全体発表前には、子どもたちは『これで伝わるんですか』『この取り組みで本当に人は集まりますか』と率直に批評し合っていました。アドバイスを生かして修正された本番の内容は、格段によいものとなりました」(福田先生)

さらに福田先生は、普段の授業から、伝える相手を意識させる活動を取り入れている。その結果、例えば、新聞作りでは、小さい子どもが読むなら難しい漢字を使わないなど、自分が満足するだけでなく、相手を意識しながら表現する場面が増えていった。そうした授業づくりにより、子どもたちは身の回りの課題からさらに進んで、地域や社会につながる課題を考えられるようになっていった。

ICT活用でPBLの効果を高める

特別支援学級「ひまわり」でも、主体的・対話的で深い学びを取り入れている。今年度の5〜6月に行った「学校紹介」「先生紹介」では、1年生に学校や先生を知ってもらうことを目的に、中・高学年と低学年の子どもがペアとなり、調べた内容を発表した。担任の岡田悦子先生は、次のように語る。

「取り上げる場所や紹介する先生は子ども自身が決め、調べる内容や先生への質問もペアで話し合いながら考えました。課題を提示したのは教員ですが、子ども同士で対話し、考えを深めながら解決する子ども主導のPBLとしました」

活動の意図は、異学年でのペアワークにより、上級生により深い学びを促すことにある。
「上級生が下級生にパソコンの操作を教えるなど、上級生・下級生共に大きな学びとなりました。活動後、下級生の面倒をよく見るようになった上級生もいます。また、先生紹介はインタビューを行うため、その前に行った学校紹介よりも活動が複雑になります。学びが徐々に深まるようにも留意しました」(岡田先生)

調べ学習や発表資料の作成では、タブレット端末を活用。音声入力など、自身の特性に合わせた使用ができるため、1人で学習を進め、考えを深めていき、自分の意見を主張できるようになる子もいる。
「発表資料を「ICTソフトウエア『ミライシード』の機能の一つである『オクリンク』を使ってまとめることで、本番では多くの子どもが順序立てて発表できました。人前で話すことが苦手な子どもも、自信をつけたようです。また、ICTの活用によってローマ字に興味を持つなど、ほかの学習にもつながっています」(岡田先生)

学校全体では、今後、他学年への展開を図るとともに、プログラミング学習と連動したPBLも検討中だ。
「本校では、『多様性の理解と尊重』『実生活につながる学び』を重視した教育活動を推進しています。PBLは、それらの具体化に適した方法であり、これからも市教委の支援を受けながら活動を深めていきます」(伊藤先生)

戸田市立喜沢小学校

1968(昭和43)年設立。学校教育目標は「夢と希望をもって心豊かにたくましく生きる喜沢っ子」の育成。
2012年度から戸田市教育委員会の委嘱を受けて「特別活動」の研究に取り組む。

児童数
367人
学級数
14学級(うち特別支援学級2)
電話
048-442-6383
URL
http://www.toda-c.ed.jp/site/kizawa-e/