テストの点数で学習意欲が左右されていた子も、自分なりの学びを進めることに喜びを感じるようになりました。
——石川県 加賀市立 分校小学校
学習への主体性を高める自由進度学習に挑戦
すべての子どもを「伸ばす」学校を目指して
2020年9月、加賀市内の全小中学校にいち早く一人一台の端末が配備されて以来、分校小学校ではグループ活動が大変活発になり、協働的な学びが促進されました。その一方で、個別最適な学びをどのように進めるが課題の一つとなっていました。そこで、全学年で自由進度学習を取り入れたことで、子どもたちが大きく変化したと言います。校長の谷鋪秀治先生(写真中央)、教頭の齊官重治先生(写真左)、研究主任で4年生担任の髙橋菜見子先生(写真右)にお話をうかがいました。
協働的な学びの促進にはICTが欠かせない
谷鋪校長先生:
加賀市は、未来のデジタル人材の育成に力を入れています。全国に先駆け、2017年から全小中学校でプログラミングの授業がはじまり、2020年9月には一人一台の端末が配備されました。また、「加賀市学校教育ビジョン2023-2025」では、「そろえる教育から伸ばす教育へ」「一人ひとり、それぞれの可能性を最大限開花させる教育へ」というビジョンを掲げています。
本校は1学年1クラスで、図工や音楽の専科の先生もおりません。つまり、6人の担任が学年を超えて話し合い、力を合わせ、相談しながら端末の活用を進めていきました。ベテランの先生が若手の先生に使い方を教えてもらう様子も見られましたし、市の予算で配置されたベネッセのICT支援員さんにも、端末の操作方法やミライシードの活用方法、授業の教材作りなどについてずいぶん助けていただいています。
谷鋪校長先生は「学年は違っても、すべての先生が同じ教科について話し合うことができる。そこが小学校のよさ」と語る。
——端末が配備されたことで子どもたちの学びは変わりましたか。
谷鋪校長先生:
それはもう、大きく変わりました。特に、個人が考察を記入し、それをみんなで共有して対話を進める、スライドをグループで一緒に作るなど、グループ活動については早い時期から活発にできるようになりました。ミライシードを使うことで一層促進されたと思います。
話すことが苦手な子もチャットなどで積極的にコミュニケーションを取れますし、協働的な学びを急速に進めることができ、もうICTがない状態には戻れないという先生も多い。手応えは充分にあります。
しかし一方で、グループでの話し合いが進むと、なんとなくわかった気になってしまい、個の学びとしては格差ができてしまうこともわかってきたのです。現場としても、やはり個別最適な学びを進める必要性があるという実感を先生たちが持ちはじめていました。
——個別最適な学びをどのように進めていくかは、難しいところですね。
谷鋪校長先生:
2022年度がはじまり、本校では研究主題を「主体的に学ぶ子を育てる授業づくり 〜つけたい力を明確にした言語活動の精選を通して〜」としました。それを実現するには、個別最適な学びが欠かせません。
個別最適な学びの実例があまり見当たらず、何から手をつければいいのかと模索していた時、市から「個別最適な学びの一つの手法として自由進度学習に取り組みたい小学校はありますか?」と募集があったので、迷わず手を上げたところ、先進的な取り組みをしている他県の学校に視察に行くことになりました。
4年生を担任している髙橋先生が視察に参加し、ぜひ本校でもやってみたいということで、本格的に取り組むことになり、加賀市教育委員会のプロジェクトマネージャーである小林湧さんが伴走してくださることになりました。
「年度途中からの挑戦でしたが、子どもたちのためにもぜひやってみたいと思った」と髙橋先生
オクリンクを使えば一人ひとりに丁寧に寄り添える
——どのように自由進度学習を取り入れているのでしょうか。
高橋先生:
算数ですと、例えば「面積」ならその単元について学習進度表を事前に用意しています。面積は13時限あるのですが、それぞれに対応したキーワードや教科書のページ、アナログの計算ドリルのページ、ミライシードのドリルパークで対応している問題番号などを前もって教師が振り分けておきます。
子どもたちはそれを見ながら、その日の授業時間内に自分のやりたいものを自分で決めて取り組みます。授業はアナログとデジタルのハイブリッドで行います。
学習進度表を見ながら、その授業時間に取り組む学習を自分で決める。ノートの使用も自由。
高橋先生:
一限の授業は大きく3つに分け、最初の10分で一斉授業をし、その後25分で一人ひとりがオクリンクに学習のめあてを記入して自由進度学習を進め、最後の10分を使ってそれぞれにその日の学びを振り返り、全員で共有します。
この時間内に何に取り組むかを自分で選択し、めあてやふりかえりなどをオクリンクで記録に残す。
授業中も自由に席を移動し、自分の考えを共有し、友だちと一緒に考えたり、教え合うこともできる。
——先生はどのように子どもたちとかかわっていますか。
高橋先生:
自由進度学習の時間には、めあてを記入したオクリンクを手元のパソコンで確認できるので、子どもたちの様子を見ながら一人ひとりに丁寧に声をかけて回ることができるようになりました。その日の課題ができた子は、同じくらいの課題に取り組んだ子を紹介し、一緒に考えるように提案することもあります。
自由進度学習を取り入れることで、一人ひとりにしっかりとかかわる時間が増えた。
高橋先生:
また、これからの課題でもありますが、つまずいたところがあれば、例えば九九をもう一度見直す、割り算の基本を見直すなど、学年をさかのぼって取り組めるようにしたいと思っています。そうすれば、学力の底上げがしっかりとできると考えています。
——自由進度学習を取り入れる前後での変化は?
どの教科でも、一斉授業だとこちらもみんながわかるようにとヒントを出してしまうこともあり、同じような答えになることが多かったのですが、各自が自分の取り組みに集中することができるので、自分の考えを自分の言葉で表現することが増えました。
道徳の授業でもオクリンクを使用。音楽では、リコーダーの演奏動画を送付することもできる。
また、ノートに記入すると「そのまま残ってしまうので間違えたくない」という意識が強く働くのですが、オクリンクだと気軽に書いて、後で書き直すこともできます。間違えることに対する怖さがなくなってきているようです。
「学校が楽しい」と答える生徒が83%から92%に
高橋先生:
自由進度学習を取り入れたことで、子どもたちは受け身ではなくなってきました。最近、私のクラスでは、「自由進度学習」のことを「自己決定学習」と呼んでいます。その日の授業の流れは学習進度表を見てわかるので、主体的に取り組む子も増えましたし、「自分で選ぶ」からさらに進んで、「自分でやり方を考える」ことも増えてきました。
私がお手本としてリコーダーを吹いた動画をオクリンクで送ったら、自分でもオクリンクで動画を撮って、できているかどうかを確認する子が出てきました。これまでは、「〜していいですか?」と全て確認を取るような子どもたちだったのですが、自分で考えてチャレンジしている様子が見えて、とてもうれしいですね。
——これからの課題など気になるところはありますか。
齊官教頭先生:
私は、正直なところ自由進度学習には少し抵抗もあったのですが、子どもたちがやる気をもって学んでいる姿を見て、これはなかなかいいなと思い始めています。しかし、授業の中で個人に任せる部分が多くなるので、一人ひとりの見取りがどこまでできるのか、また、どんな方法で行えばよいのかがこれからの課題だと思っています。
さらに、自由進度学習が成り立つためには、学級経営がとても大事です。今、うまく進んできているのは、各学級が授業と生活の両面でうまく行っていることの表れだと考えます。
今後、学年に応じた学習効果をさらに期待するために、自由進度学習の段階的な積み上げ、広がり等を、学年毎にどのレベルで設定していくかも鍵になってくるはずです。
「主体的な姿勢と必要な学力、どちらもしっかりと身につけられるように」と齊官教頭先生。
谷鋪校長先生:
実は本校では、自由進度学習を取り入れる以前は、アンケートの際に「学校が楽しい」と答える生徒が全国平均より低く83%にとどまっていました。しかし、今は10ポイントほど上がり、92%になりました。これは本当に喜ばしいことです。
授業中に先生が丁寧に声をかけることで自己有用感も高まりますし、これまで授業が簡単だと感じていた子も、自分のスピードで取り組めるので面白さを感じているようです。テストの点数で学習意欲が左右されていた子も、自分なりの学びを進めることや自分なりに理解できたことへの喜びを感じるようになっていると思います。
自由進度学習を取り入れてまだ半年。これからまだまだ子どもたちも変化していくはずです。とても楽しみにしています。
【編集後記】
先生方が学校のすべての子どもたちを丁寧に見ながら、とても密にやりとりをされている様子がお話から伝わってきました。分校小学校には、40年前から全クラスに「自分に挑戦」という言葉が額に飾られているそうです。新しい授業づくりに「挑戦」している先生方の姿もまた、子どもたちに力を与えているようです。
撮影/株式会社 デザインオフィス・キャン 加藤武 取材・文/太田美由紀
※取材の内容は2023年2月時点の情報です。
※掲載にあたり一部の図版を編集しております。
所在地:石川県加賀市
学校名:加賀市立分校小学校
生徒数:122人
1クラスの人数:16人〜29人
特色:「加賀市学校教育ビジョン」に基づき、「そろえる教育から伸ばす教育へ」「一人ひとり、それぞれの可能性を最大限開花させる教育へ」を実現させるべく、自由進度学習に取り組む。