誰もが主役になれる“創作の民主化”。
生徒の得意をつなぎ、学びを地域社会へ還元する
〜ICTが引き出した生徒の力と、
学校全体へ広がる前向きな連鎖〜
——愛知県長久手市立南中学校
誰もが主役になれる“創作の民主化”。
生徒の得意をつなぎ、学びを地域社会へ還元する
〜ICTが引き出した生徒の力と、
学校全体へ広がる前向きな連鎖〜
長久手市立南中学校の松本先生は、「ミライシードAWARD2025」において授業部門 中学校の部 優秀賞に輝かれました。中学校の技術・家庭科、そして社会科を横断し、生徒たちが自身の「得意」を生かして消費生活啓発ゲームを制作。完成したゲームは消費生活センターを通じて実際の地域住民へと届けられています。今回は松本先生に加え、荒木校長先生にもご同席いただき、ICTを活用して教室内の学びを「社会課題の解決」へと昇華させた実践の裏側や、生徒たちの変容についてお話を伺いました。
「知識の循環」で地域を守る。学校と社会をつなぐ実践の原点
——今回の実践に取り組まれた背景や、社会(地域)へ発信することにこだわった理由をお聞かせください。
松本先生:
近年、特殊詐欺などのニュースが絶えませんが、被害に遭うのは高齢者だけでなく若者も増えています。これから社会に出る中学生にとって、消費生活を十分に理解しないまま成人年齢の18歳を迎えれば、トラブルに巻き込まれるリスクは非常に高いです。ただ、知識を得て「自分だけが被害に遭わない方法」を考えるのには限界があります。学校で学んだ危機意識や気をつけるべきことを、自分の中に留めず、周囲の人や地域へ発信していく。そうやって社会を良くする側に立つことが必要だと感じました。今回制作したゲームを通じて、中学生が学んだことを地域に発信し、彼らが大人になった時にはまた次の中学生から教わる。そうした「知識の循環」と「地域の循環」ができていけば、被害に遭う人がいない良い町になっていくのではないか。そう考えたのが原点です。
——荒木校長先生にお伺いします。生徒たちが地域とつながる姿をご覧になって、率直にどのように感じられましたか。
荒木校長先生:
学校として、日頃から地域の方々に学習面で大変お世話になっているので、松本先生が学校と地域をしっかりつなぎ、生徒たちが地域で活躍する機会を作ってくださっていることは、本当にありがたい取り組みだと感じています。実は先日、私の方から地域の自治会連合会長に対して、「中学生が地域で活躍する機会をもっと作ってほしい」と直接お願いをしたんです。そうした働きかけもあり、12月には地域のゴミ拾いボランティアに中学生を派遣してほしいというご依頼をいただき、生徒たちに参加してもらいました。また、地域の民生委員の方からも「学校のあのフェスティバル(※地域の方向けの発表会)、ずっと続けてほしいね」とお声をいただいており、少しずつですが、生徒が地域で活動する場を増やせていると感じています。
——荒木校長先生自ら、地域に働きかけを行っていらっしゃるのですね。地域の方々からも、学校や中学生への期待が寄せられているのがわかります。
荒木校長先生:
そうですね。中学生や高校生という時期は、少し地域から心が離れやすい年代でもあります。しかし、こうした活動を通じて地域の方々と顔を合わせて話し、「お世話になっているんだ」という感覚を持ちながら育つことで、地域への愛着が確実に育まれます。いざ災害などが起きた時、中学生は地域で本当に大きな力になれる存在です。意図的に地域の方々と関係性を作っていくことは、今後の彼らの人生にとっても非常に意義深いものですし、そうした学校外とのつながりを率先して生み出してくれる松本先生の実践には、とても感謝しています。

優秀賞を受賞された「まもる・つくる・つながる」の実践ステップ
——記事を読んだ他の先生方がご自身の学校でも実践できるよう、実施された具体的な授業の流れと、ミライシードの活用手順を教えていただけますか。
松本先生:
はい。特別な設備がなくても、オクリンクプラスの共同編集機能があればどの学校でも実施可能です。授業は大きく以下の3つのステップで進めました。
【ステップ1:まもる(導入)】
まずは事前の学習として、生徒自身がこれまでの消費行動を振り返り、責任ある意思決定の重要性を確認します。その上で「社会に貢献する活動」を提案したところ、生徒たちから「遊びながら学べる啓発ゲームを作りたい」という声が上がり、制作が決定しました。
【ステップ2:つくる(展開)】
ここがミライシードの出番です。オクリンクプラスの「みんなのボード」を活用し、班ごとにリアルタイムで協働できる環境を作りました。アイデアを出すのが得意な生徒は世界観を設計し、知識のある生徒はトラブル事例を監修、デザインが得意な生徒はビジュアルを作り、ICTに強い生徒がそれらをボード上で統合していく。「得意を持ち寄り、仲間とともに形にする」プロセスです。
【ステップ3:つながる(まとめ)】
消費生活センターの職員や大学の先生、大学生の方々と連携し、社会的な視点からアドバイスをもらいながらゲームをブラッシュアップしました。最終的に完成したゲームを消費生活センターに提供し、地域住民へ広げていく計画へとつながっています。

——ミライシードの「みんなのボード」が、共同制作のキャンバスになったのですね。実践する上で、先生方が気をつけるべきポイントやコツはありますか?
松本先生:
共同編集ツールは誰もが自由に参加できる一方で、他者の作品に意図的に手を加えたり、誤って削除してしまったりするリスクもあります。そのため、事前に技術科で「著作権」や「クリエイティブ・コモンズ」といった情報モラルをしっかり学習しておくことが最大のポイントです。他者の著作物を尊重する倫理教育とICT活用を両立させることで、生徒たちが安心して創作に参加でき、学びがさらに深まります。
不安な時期だからこそ。ミライシードが「見えない思い」をつなぐ架け橋に
——授業を「まもる(導入)」「つくる(展開)」「つながる(まとめ)」のステップで構成された意図を教えてください。
松本先生:
まず「まもる」で自分自身を守る最低限の知識を身につけると、今度は家族や大切な人にも被害に遭ってほしくないという心が芽生えます。そこで人と「つながる」わけですが、ネットで調べただけの知識はすぐに忘れてしまいます。しかし、自分たちで苦労して「つくった」創作物を通して伝えれば、忘れないし、相手にも伝わりやすい。自分を守り、自分の力で何かを作り、人同士がつながる。その中心に中学生の学びがある状態を作りたかったんです。
——その「つくる」過程でオクリンクプラスを活用されましたが、どのような効果がありましたか。
松本先生:
ミライシードは、知識や気持ち、ものの見方など「見えないものをつなげる」最高の媒体だと感じています。中学生という時期はアイデンティティが形成される途中で、自分の考えが正しいのか不安になりやすい年代です。「みんなの前で声を上げて意見を言いなさい」と言われても、なかなか言えません。
でも、オクリンクプラスの「みんなのボード」で協働することで、声は出せなくても、一つのイラストや一言の書き込みで確実に関わることができる。「絵が苦手」「消費生活に関心が薄い」という生徒も、自分の得意分野で貢献し、存在価値を感じられる社会がボード上にできていました。
——エントリーシートにもあった、特別支援学級から移られた生徒さんのエピソードはまさにその象徴ですね。
松本先生:
ええ、本当にあの子の活躍は素晴らしかったです。教室になかなか入れない時期もあったのですが、デジタルデザインがとても得意で、彼がオクリンクプラスの図形機能を使って作ったオリジナルのイラストをボードに出した時、他の生徒たちから「すごい!」「このイラスト、私の班でも使わせて!」と声がかかりました。そこから本当に、教室でみんなと一緒に自信を持って活動できるようになったんです。「自分の力が役に立った」という経験が、彼を変えたのだと思います。

先生自身の苦手意識も乗り越えて。学校全体へ広がる挑戦の輪
——荒木校長先生から見て、松本先生のICT活用は他の先生方にどのような影響を与えていますか?
荒木校長先生:
松本先生が率先して一生懸命に取り組む姿勢は、間違いなく他の先生方に良い影響を与えています。実際に授業で使ってみて「子どもの反応が良い」「授業が効果的になる」という経験を積むことで、どんどん活用が広がっています。松本先生の授業で当たり前のように使っている生徒たちを見ると、他の先生方も「自分もやってみよう」と前向きな姿勢になってくれていますね。

——松本先生ご自身は、元々ICT活用が得意だったのでしょうか。
松本先生:
実を言うと、私が学校の中で一番のアナログ人間だと思っています。ICT支援員さんに全て教えてもらいながらやっているくらいです。忙しいとつい「今まで通りの授業でいいか」となりそうになりますが、自分ができないからと逃げて後ろめたさを感じながら授業をするのは楽しくありません。だからこそ、誰よりも先に頑張って挑戦して、自分が使いやすいベースを作ってしまおうと必死に食らいついていった結果なんです。他の先生がやりやすいように、私の授業で先にベースを作っておけば、みんながそれに合わせやすくて楽になるかな、という思いもありました。
——最後に、今後の展望をお聞かせください。
松本先生:
今後も、生徒の思考や気持ちをつなげるだけで終わらせず、それを「形にする」ところまでやり切りたいです。技術科で学ぶ著作権などの知識とも掛け合わせながら、学びを社会に向けた具体的な形に落とし込む。その経験を通して、子どもたちが「自分たちは社会に必要なことを学んだんだ」と心から実感できるような授業を、これからも作っていきたいですね。
【編集後記】
「自分が一番のアナログ人間だからこそ、必死に食らいついた」と笑う松本先生。その挑戦する背中があったからこそ、教室に入れなかった生徒がデザインの才能を開花させ、学校全体にICTの輪が広がり、ついには地域の大人たちをも巻き込む大きな波となりました。ミライシードというデジタルの空間が、単なる作業の場ではなく、一人ひとりの「存在意義」を認め合う温かい居場所になっていたこと。そして、そこから生まれた熱量が地域を良くするための「知識の循環」を生み出していることに、教育の持つ底知れぬ可能性を感じずにはいられない取材でした。
※取材の内容は2026年3月時点の情報です。
※掲載にあたり一部の図版を編集しております。